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時刻は小学生の良い子なら布団に入りだす夜9時。暑い夏が終わり色鮮やかな季節へと移り変わる頃のこと。その年は急に寒くなりだして、風邪でもひいたんじゃないかと感じるほどに夜はよく冷えた。日が沈むのも早く、とっくに辺りは暗くなり、街灯と家のカーテンの隙間から漏れる明かりがたよりだった。でも今日は妙に明るい。
月が出ていた。半月とも言い難く満月にしては不完全な月だ。
そんな中、足音を響かせているのが一人。柏木美晴、十七歳の高校二年生で絶賛ぼっち下校中である。
なぜこんな時間かというと、学校で戸締りギリギリまで勉強をしており、その後カフェでも勉強をしていた。そしてこのザマである。 美晴にとってはぼっちだろうがなんだろうがどうでもいい。むしろ人と関わらないで自分の世界に籠っていたい派だ。だから、夜の公園でクラスメイトと遭遇してもそのまま通り過ぎるはずだった。
登下校の道の途中にそれなりの大きさの公園があるのだが、そこにあるブランコになにやら辛気臭い顔で同い年くらいの女の子が座っていたので、なにあいつ彼氏にでも振られたのかとちらりと思って素通りしたのに、ばっちり目が合ってしまった。それだけならまだよかった。なにせ相手が「あ、柏木さん…」とがっつり認識してしまったので、立ち止まる他なかった。
よく見ると、艶のある黒髪をハーフツインでまとめ、しっかりかわいい系のナチュラルメイクをしていたので、当てはまる人物がいないか記憶を呼び起こす。そういえば一人いた。こんな綺麗な髪の人が。
保科結唯。俗に言う1軍みたいな女子で、男女関係なく周りから可愛がられているような子だ。美晴と違って友達も多い。人生まじ最高を体現した性格だった気がする。
そんなやつがなんで、こんな暗いなかで浸っているんだろうか。
「保科さん…は、なんでこんなとこにいるの?」
高校に入って初めてクラスメイトの名前を呼んだ気がする。正確に言えば、学級長だからと預かった担任からの伝言とか委員会の用事とか業務連絡じみたことでしか呼んだことはないので、意識して名前を呼ぶのは初めてだった。
「いや、まあ…いろいろあって、家に帰りたくないっていうか…」
気まずそうに目を逸らす彼女を美晴は意外に思った。なんせ普段は教室にいて1分に10回は意気揚々とした彼女の話し声が耳に入るほどだ。それが今は真反対なのである。
これはやっぱり彼氏かと面倒くさそうな気配を感じとった美晴は「へー、そっか。」と適当に返すと保科と再び目があった。
「そっちから聞いてきた割には興味無いんだね」
「あー、まあなんとなく?」
図星をつかれたことに誤魔化しきれなくなってきたと思ったら今度はこっちが質問された。
「そっちはなんで?まさか今まで勉強?」
ありえないというような表情で聞いてきたので少しからかいたくなり、そのまさかだよと返す。
「ずっと勉強してた」
「うわ〜やっぱ優秀な人は違うね〜」
「どういう意味?」
「そのまんまだよ。柏木さんいつもテスト1位じゃん?そういう人ってその時だけじゃなて普段からちゃんとやってるんだなあって」
「別にそんなんじゃないし」
ほんのり笑いながらはなしているが、相変わらず目線は地面なので、目が合うことはないままだった。
そこで会話が途切れたことで、再び二人の間に静寂が訪れる。
美晴は久しぶりの家族以外の人間との会話に緊張してか言葉が出ない。
「…やっぱりなんかあった?」
10秒ほど経ってやっと出た言葉はそれだった。
結唯は顔を上げた。ようやく目が合ったが、逆にこっちが気まずくなりすぐに目を逸らす。
さっきから感じていた不信感を口には出さずにいられなかった。いきなりでこんなこと聞くのもどうかと思うが、いつまでもこれじゃあこっちも気が滅入る。かといって他人の分まで不幸を背負う気はないが。自分の口からそんな言葉もでるのかと本人が一番ビックリしている。
「あー、忘れて。土足で踏み込む気は」
「あのさ」
訂正しようと言いかけたところで、遮られる。
「私、パパ活してんだよね」
「……え?」
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