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「私のせいでゴメンね、水谷君……」
「いえ、僕がぼんやりしてたせいですから」
休日で人通りの多い街の中をしょんぼりとした木山さんの手を引いてゆっくりと歩く。
木山さんの眼鏡が壊れると脱出ゲームどころではなくなって、ワタ渡している間に制限時間を越えてしまった。結局、脱出失敗という形でゲーム会場を後にすることになって。
それから、この近くに木山さんの馴染みの眼鏡店があるとのことで、眼鏡なしでは歩くのも困る木山さんを僕がそこまで案内することになったのだけど。
手を繋いで歩いているだけですごい視線を感じる。それも致し方ないと思う。
眼鏡をはずした木山さんは大人っぽさがぐっと溢れて、一番シンプルに表すならスゴイ美人あった。
眼鏡をはずしたら素顔の印象が一気に変わる、なんてベタだと思うけど、さっきからまともに木山さんを見ることができない。
普段の眼鏡姿が勿体ないような。でも、会社の人たちにこの姿を見せたくないような。そんなことを考えてしまっている自分に気づいて慌てて首を横に振る。
「でも惜しかったですね。眼鏡が治ったらリベンジしますか?」
変なことを考えない様に何気なく口にしたつもりだけど、思っていたより一オクターブ位高い声になってしまった。
「うーん。やっぱりあの答えはちょっと背伸びしすぎてたかもしれないから、別の脱出ゲームを探してみようかなって。えっと……よかったら、また付き合ってくれる?」
繋いだ木山さんの手が緊張なのかぎゅっと握りしめられる。それを握り返していいのかわからなくて、木山さんの方を見ないようにしながら頷く。
「僕でよければ、いつでも」
「やったっ!」
弾んだ声に思わず木山さんの方を見てしまって、笑顔で小さく跳ねる木山さんの姿に惹き込まれてしまう。
「でも、最後の5文字ってなんだったんですかね。単純に組み合わせたら4文字だし……」
慌てて再び話題を変えてみると、急に木山さんの動きが硬くなる。
どうしたのかなと思っているうちに、木山さんはソワソワと辺りを見回してパッと僕の手を離した。
繋がっていた温もりが急になくなって、胸の中がしゅるりと寂しくなる。
「も、もう近いからここで大丈夫。き、今日はありがと!」
「えっ、木山さん?」
硬い動きで手を振って、右に左に揺れながら木山さんが走っていく。あ、つまずいた。
大丈夫かなと思うけど、去り際の木山さんの様子から追いかけてもいけない気がしてじっとその背中を見送る。それまでずっと楽しそうだったのに、最後の5文字の話をした途端態度が変わってしまった。
目、手、脳。
脳を頭と読み替えると5文字になるけどうまく言葉が作れない。
僕の知らないロジックが隠されているのだろうか。
そういえば、脳の問題の時は答えにKNOWなんて英語を急に盛り込んできたよな。
例えば、今度は逆に脳をknowに変換してみたら――
「あっ」
アイ、手、知る。
あいしてる。
「あっ。ああーっ……」
忘れてた。カルアスは医療ミステリであると同時に恋愛模様も見どころだ。
それに、どうして、脱出ゲームが二人限定だったのか。
多分、木山さんはその答えに気づいたから、あんな風にワタワタと別れていったのだろう。
それに気づいて、心が少ししゅんとする。慌てて離れていったのが僕が気づく前に離れようとしたのであれば、それは少し寂しかった。
これまで知らなかった木山さんの姿を見つける度に浮き上がっていた分、どんよりと気分が沈んでいく。
一生懸命働く木山さんのことはいつの頃からか気になっていて。
今日の「カルアス」だって、木山さんが読んでるって知ったから共通の話題になるかと思って読み始めたものだった。
ようやくその通りになったわけだけど、次はもうないかもしれない。
ため息を零しながら、一日を思い返してみる。もし今日が最初で最後だとしても、楽しかったのは間違いない。
『やっぱりあの答えはちょっと背伸びしすぎてたかもしれないから』
「あっ……」
不意に気づいた。
もし木山さんが答えに気づいていたのだとしても、少し変わった言い回しじゃないだろうか。
やっぱり、ということは答えを知っていたか、予想していたような。
カルアスは恋愛にも重きを置いた漫画で、脱出ゲームは二人限定。木山さんなら最初からその答えを見つけ出していたとしても不思議じゃない。
それならば「背伸び」とはどういう意味だったんだろう。ダメだ、顔がにやけてしまう。
ああ、もう。週明けどんな顔で木山さんと会えばいいのだろう。
決めた。
やっぱり、木山さんとカルアスの脱出ゲームをリベンジしよう。
そして、今度3つの謎を解き明かしたら。
――その時は、二人で見つけた言葉をあなたに。
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