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『我は外界を捉える中で最上位に来る存在』
カルアスは主人公である医師の元に謎の人物から謎解きのようなメールが来るところから始まる。
この脱出ゲームでもそれを再現して、参加者は配布されたタブレットに送られてくる謎を3つ解いて脱出するという流れになっていた。
脱出ゲーム一番の特徴はマップが人体の構造を模擬していることだ。
脱出ゲームの参加者は館に閉じ込められ、そこに残されていた人体の謎を解き明かすことで館からの脱出を目指すという設定らしい。
つまり、今タブレットに送られてきたメールは人体のどこかを示しているわけだけど。
「外界を捉えるって、五感ですかね? でも最上位って……」
五感にも聴覚は味覚より偉いといった上下関係なんてあるのだろうか。
まあ、触角以外はどれも顔の辺りだし総当たりでもいい気がするけど、制限時間が10分のなかでできれば無駄足は踏みたくない。
「あっ、わかったかも」
僕が手元のタブレットを隣で覗き込んでいた木山さんがパッと顔を上げる。
僕に向かってパチリとウィンクをして、パタパタと小走りで走り出す。
ベージュのシャツワンピースを身に纏う木山さんは、キッチリとスーツを着込んでいる普段とは雰囲気が全然違う。いつもは首の辺りで一つ結ばれている髪も今日は下ろされていて走る度にふわりと揺れる。
というか、ウィンクは反則ですよ。普段の真面目な雰囲気の木山さんとのギャップがあり過ぎて、心のキャパシティが振り切れてしまいそうだった。
意識してやってるというより、単純にカルアスの世界に入り込んだのが楽しくてテンションが上がってるだけだろう。
そんな感じで木山さんに見惚れてしまっていて、慌てて後を追うと『目』の部分に辿り着いた。
「最上位って、シンプルに一番高いところにある器官かなって」
追いついた僕に駆け寄ってくると、木山さんがタブレットを覗き込む。仕事の時より距離がずっと近くて、仄かな甘い香りにドキリと心臓が跳ねる。また一つ、僕の知らない木山さんの姿。
なるべく木山さんの方を見ないようにしながらタブレットの「回答」ボタンを押すと、ほどなく「正解」の文字が浮かび上がる。
「やった!」
木山さんは小さく跳ねてガッツポーズ。ああ、なんかもう、これは。
あまり木山さんの方を見ないようにしながら、タブレットに視線を下ろすと、次の問題が書かれたメールが届く。
『時の流れと共に数を変える。初めは2本、しばらくの間失うが、やがて1本となる』
次の謎には僕もピンときた。
木山さんもすぐに答えが分かったようで同時に顔を見合わせる。
「足の数が変わる動物のなぞなぞ、っぽいですね?」
「うん、そうだね。足はずっと2本だから、答えは……」
「『手』」
木山さんと声が被る。木山さんはちょっときょとんとした顔をした後ふわりとはにかんで僕の手を取る。
「じゃ、行こっ」
木山さんは僕の手を引いて歩き出す。そこに仕事以外で人と話すときにオドオドとする木山さんの姿は無くて、先輩というよりもっと身近な――。
だめだ、と木山さんにばれないように首を横に振る。勘違いするな。今日の僕はあくまで付き添いで、カルアスを読んでたいたら僕じゃなくてもよかったはずだ。
頭と体が別々に動くような状態で手の位置までたどり着いて、タブレットのボタンを押すと再び「正解」と表示される。順調に最後のメールまでたどり着けた。
『我は知恵の実(The fruits of KNOWledge)の一部』
急に問題の毛色が変わった。
知恵ってことは頭? でも一部ってどういうことだ。
先の二問を問題なく解き明かした木山さんならすぐ答えが分かるかなと思ったけど、今度は顎に手を当ててじっとタブレットを覗き込んでいた。やがて、ゆっくりと顔を上げて僕の喉元を見る。
「喉、かな……?」
木山さんの手が伸びてきて、僕の喉に小さく触れた。
「喉仏のこと、アダムの林檎って言い方もするから。知恵の実は林檎だとすれば」
撫でるように木山さんの手が喉元を動く。こそばゆいし照れくさい。
「あの、木山さん」
「あっ、ごめっ。じゃ、じゃあ、行ってみよっか?」
その仕草は無意識だったみたいで、木山さんが林檎みたいに顔を赤くして早足で歩きだす。心臓を抑えながら僕は木山さんの3歩後ろをついていく。
喉に辿り着いて出てきたのは不正解の文字。木山さんが難しい顔でタブレットと睨めっこを再開した。
残る時間は4分程。考えろ。ただの付き添いじゃなくて、僕だってできるってところを木山さんに見てもらいたかった。
これまでの二問からして、もっと単純な答えの気がする。
問題文はシンプルだ。だけど何故か英訳が付いていて、知恵の部分だけ不自然に大文字になっている。
「木山さん、これ、脳じゃないですか!?」
タブレットの「KNOW」を指さしてみる。Knowledgeの一部で、読み方はノウ。もはや言葉遊びだけど、前の二問も似たようなものだ。
「あーっ! そっか! 私、難しく考えすぎてたかも。行ってみよ!」
木山さんは再び僕の手を取って走り出す。二つの意味でドキドキしながら回答ボタンを押すと今度は「正解」の文字が現れた。
『この世界から出るには、心臓から答えの5文字を二人で叫べ』
「やったっ!」
現れた文字を見た木山さんが走り出す。だけど、木山さんは僕の手を取ったままで、動き出しが遅れた僕に引っ張られる形で派手に転んでしまった。
手を握ったままでまともに受け身も取れなかった木山さんがイタタと顔を上げる。どうやら怪我はしていなさそうだ。
と、思ったら、木山さんのトレードマークの大きな眼鏡からポロリとレンズが零れ落ちた。
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