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名ばかりの英雄
鋭く横に凪ぐ一迅の風と共に、金色の光が奔る。
――――――キン
一瞬耳が痛くなり、続いてパン!と風船を割るかのような大きな破裂音と絶叫とが広大な大地に響き渡る。
辺りに撒き散らされる体液にアランは無言で顔を顰める。
蝙蝠のキメラは体の下半分だけをぐずぐずにして地にベシャリと落ち、びくびくと身を揺らしたのちに動かなくなった。
その身からは赤黒く粘性のある液体が流れ出し、乾いた地へとゆっくり吸収されていく。
「アラン様、抑えているようですが」
白い髪の青年剣士が怪訝な面持ちで背後から声をかけてきた。
アランは顔に飛び散った血しぶきを拭いながら短く告げる。
「既に一本折った」
「承知です」
短くともその言葉の意味は剣士達の間では明白だった。
「腕の方は大丈夫ですか」
「大丈夫だ。少し筋をやったかもしれないが」
「わかりました。もし強い痛みが出るようでしたら応援を呼びます」
「ああ」
アランは剣を振りぬいて剣先についた血を払い、ひび割れがないか念のため刃をチェックし始める。
......問題なさそうだ。
ふっと息をついて剣を鞘に納めた。
アランの神力。
それは対象に瞬間的に高圧力をかけ、衝撃波を以て破壊せしめるという強力なもの。
しかし力を込めすぎれば剣が折れ、もっと悪いと腕の骨がぽっきり逝くといういわば諸刃の剣だった。
例え怪我をしても、神力の影響で肉体強化もされているため治りは速い。しかし剣士が何度も剣と腕の骨を折るというのは恥としか思えず、アランは苦悩を続けていた。
それもこれも、俺がデルタリーゼの力を扱いきれていないからだ。
胸懐で呟く。
神力を得て既に四年、流石にこれはよろしくないと、近年は危険生物の掃討や争いの鎮圧になるべく加わり地道に練習を行っていた。
そうした活動の結果、民から《アルゴンの英雄》という二つ名をつけられ称賛されるようになったのであるが、アランとしては名誉とは思えず、民に対しても申し訳ない気持ちを少なからず抱いていた。
今日は蝙蝠型のキメラらしき生物が10体程目撃されたとの報告を受けてイーリアスとの国境付近に来たのだが、着いてみれば50体近くおり、ムカデ以来の戦闘に血が滾ってしまったことでつい力を込めすぎてしまった。
戦闘開始早々に三本ある剣の内の一本を真ん中から折るという失態を犯し、見ていた友からは思い切り呆れられるというていたらく。
自分に必要なのは忍耐や我慢強さといった精神力の研鑽と、力を加減するためのトレーニングだ。
ブラッドリー侯爵にも先日やんわりと指摘されてしまったが、全然鍛錬が足りていない。
思い返してため息をついた時、別の剣士から声がかかった。
「アラン様、こちらに。少々ご報告が」
「今行く」
様々な物思いを反芻するように重ねつつ踵を返す。
「............ひどいな」
乾いた風が砂を巻き上げるように吹き荒れる中、肉の焼ける臭いと火薬の臭いに漸くそれだけを言った。
蝙蝠のキメラを倒した後、別地点にいた部隊から呼ばれて来てみれば。
足元には数体の恐らく馬だった生き物が焼け焦げた状態で積まれている。
少し離れた場所には、空の荷馬車が横倒しになり半壊状態で放置されている。
「アラン様」
金髪の剣士に呼ばれ、無惨な光景から目を逸らす。
「荷馬車の登録番号を見るに、メガロス市場で行商していた一行のようです」
メガロスは国境から最も近い市場として知られており、部品やガラクタが集まる場所である。
「どっちだ。アルゴンかイーリアスか」
「アルゴンの商人です。こちらではイーリアスで買い付けた機械仕掛けの玩具を売っていたとか」
今アラン達がいる場所は盗賊団襲撃が相次いでいることから一時侵入禁止としているエリアの一つだった。
関税逃れで正規ルートを通らず出入国を試み、盗賊団に襲われる商人は一定数存在する。
今回知らせを受けた時も、そのケースかと思ったのだが。
現場を見ると普段とどうも様子が異なる。
普通は馬と合わせて人間の死体もある筈が、見たところ馬しかいない。
逃げたか、連れていかれたか。
思案していると、黒髪の剣士が走ってやってきた。
「神殿から連絡が。《黒い石》の気配があるそうです」
聞いていた剣士達の間に、俄かに緊張が走る。
《黒い石》
人間を贄として作られる禁忌アイテムの隠語。
「位置は?」
「オルフェウス卿の言葉と照らすとちょうどこの辺りになるかと思います。ただし、今時点では気配も薄れているとかで」
「ちなみにロッソは」
「反応ありません。残滓も見つけられませんでした」
「そうか。じゃあ危険生物やキメラに食われたというわけではないな」
壊された荷馬車。
忽然と姿を消した商人。
黒い石の気配。
「......全員、石の材料にされたのかもしれないな」
ぽつりと呟く。
吹きすさぶ風の中、嫌な沈黙が流れる。
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