世界で一番のお姫様なのですから

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世界で一番のお姫様なのですから

「..............店ごと買ったの?」 王宮から使者が来る当日、ライラの部屋には何十着ものドレスと装飾品とが所狭しと並べられていた。成人した娘のためにと父が用立てたそうなのだが如何せん量が多すぎる。 「ついにこの日が!アンナ、腕が鳴ります」 腕をぐるんぐるん回すアンナの目にはメラメラと闘志が燃えていた。 「ねえ、アンナ。念のため確認しておくけれど、パーティーかなにかと勘違いしていないわよね」 「まさか!でも使者の方とはいえ王宮から人が訪ねてこられるんですよ?張り切らずにはいられません!先日の成人の儀はシンプルめな装いとあらかじめ決まっておりましたし」 アンナがこれほど熱を込めて言うのには理由があった。 以前領地の外に出掛けた際、偶然ライラに関する噂を耳にしたのだ。醜女だのゴリラだのそもそも女じゃないだのと、ぶん殴りそうになる言葉の数々。それらはすべて根も葉もない憶測でたとえ本人が聞いても一蹴するかもしれない幼稚な内容だったが、主人に関する悪口は非常に不快で許しがたく悔しかった。 そんな心境を知らないためライラはアンナのはりきりを意外に思っていた。彼女が専属メイドになって五年。もし私ではなく普通の令嬢に仕えていたなら、もっと以前からドレス選びやメイクに携われる機会があったはずなのにとなんだか申し訳ない気持ちになってくる。 「そうね。わざわざこんな南の方まで来ていただくのだから、きちんとした装いをしたいわね。アンナに全部任せていいかしら」 「もちろんです!!」 それからものすごい勢いでドレスを吟味し始めるアンナを横目にライラは両の指でくいっと口角をあげてみる。着飾ったところで周囲が期待する愛想笑いのひとつもできやしない。でもこれらを買ってくれた父の気持ちは素直に嬉しい。品数はえげつないものの。父のことだから、店がすすめたものをすべて買い占めたのかもしれない。 「こちらのドレスがいいと思います」 物思いに耽っているライラを問答無用で鏡の前に立たせアンナはグリーンのドレスをあてがってきた。胸下から裾にかけてグラデーションに染められており、花ではなく蔦の葉がきめ細やかに刺繍されている。若い令嬢向けの品にありがちのゴテゴテとしたリボンや装飾のないドレスをライラは一目で気に入った。 「変わった刺繍ね」 「箱書きを見るにティターニアの工房で作られた品のようですよ」 「そう......」 ティターニアは母の出身国だが、母が亡くなり親戚筋もいないと聞かされているため今まであまり興味を持たずに過ごしていた。 「問題なく着られると思うわ。ギルはどう思う?」 机の上で本を読んでいたギルバードに向かって問い掛ける。ドレスの話題なんて興味ないと一蹴されるに違いない。 と思いきや、ギルバードは顔を上げページをめくる(しっぽ)を止めて、 『いいんじゃない。新緑の時期には早いけどこの領地には緑が多いし、ライラの瞳の色にも合うドレスだと思う。ただ装飾がなくて胸元あたりが寂しいから、大きめのネックレスとかコサージュをつけるとちょうど良くなる気がする』 そう言ってまた本に視線を戻した。 「さ、さすが、ライラ様の使い魔」 アンナは瞳を輝かせる。 「それも " 蛇の叡智 " ってやつですかね?」 『ううん。【四季の装い】って本の受け売り。貴族文化を学んでおいて損はなさそうだから読んでおいたんだ』 「すごい、絶対その辺の殿方よりも女性の装いを理解してらっしゃる」 「...........このドレスにするわ」 この蛇、侮れない。 本まで読めるのかというツッコミすら誰もしないくらいギルバードは人間然として暮らしていた。 「では次にドレスに合うアクセサリーを―――」 準備は続く。 そうして支度を終え一時間ほどたった後、ライラはアンナがいれたハーブティーを飲みながらどきどきしつつ待っていた。 「そんなに緊張しなくても大丈夫です!リラックス、リラックスです!!」 アンナはにこにことして、ライラは浅く頷いてすーはーすーはーと深呼吸を繰り返す。その初々しい様子を見てアンナはふと幼き日に読んでもらったおとぎ話を思い出していた。 " 世界で一番美しいのはだあれ? " 今その問いをされたなら、私はいつだって " 私達のお姫様です " と答えるだろう。 皆の反応が楽しみ。 fd3d4777-17ff-46e3-9095-b5cc0e5f001e それからまたもう少し時計の針が進んだ頃。 「ライラ様、そろそろです」 「.................そうね。行くわ」 残りのハーブティーを一気飲みして意を決する。ギルバードを手に這わせ、アンナと共に二階の自室から階下へと降りると正面扉の前で待っていた父に声をかけた。 「お父様、お待たせしてすみません」 「いや、待ってはな―――」 降りてくる娘の姿を見上げ、ギリアンは目を見開いて一瞬言葉を失った。 「お父様?」 「すまない。つい驚いてしまった。よく似合っているな」 「ありがとうございます。アンナが頑張ってくれました」 「いえ!ライラ様の元が素晴らしいんです」 そんなほのぼのとしたやりとりをかわしていると、 「旦那様」 亀を抱えたセオドアが足早にやってきてギリアンに耳打ちをし、ギリアンはぐっと眉根を寄せる。 「私が出よう。引き続き監視は任せる」 「かしこまりました」 「お父様、どうかされました?」 二人の会話にわずかな緊張を感じとって尋ねると、父は表情を緩めて言った。 「...........いや。お前はアンナと共にもう少し別室で寛いでいなさい。使者が来ると報せにはあったが、アラン王子が直々に来訪されたようだ」   
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