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"ギルバード"ってだれのこと?
成人の儀を翌日に控えた日の早朝、ライラは自室の窓からぼんやりと外の景色を眺めていた。
明日は久々王都に行く。王都どころか屋敷を出るのが五年ぶり。
でも大丈夫、手続き含めて神殿での滞在自体は長くて三時間くらい。丸一日いるわけでもないのだから全然気負わなくていい。格好は儀式用の地味な服だし化粧はアンナにお願いして控え目にしてもらうしなるべく目立たないように静かに大人しくしていれば誰も私のことなんて気に掛けない。
大丈夫だと自分に何度も言い聞かせる。が、やっぱりそわそわして落ち着かない。
はああ、と力ない息をついた時、部屋のドアが軽やかにノックされた。
「ライラ様、いらっしゃいます?成人の儀の件で旦那様がお呼びです」
ドアを開けるとアンナがおり、メイド服の右肩には白い小鳥が一羽首を傾けてとまっていた。
「ピノ、久しぶり」
撫でるとピノは羽を震わせてピッピと高い囀りを上げる。くりっとした黒い瞳が愛らしく、撫でる指先を甘噛みしながら身体を左右に小さく揺らした。
「ピノがいるということは、探し物ね」
「そうなんです。セオドア様がまた。今しがた見つけたのでこの後届けて参ります」
セオドアは執事として仕える男で、先代侯爵の頃から勤める最古参の使用人だった。かなりの高齢だが元戦士というだけあって体力はあり未だ現役、ただ眼鏡をなくす癖があり、見かねたギリアンがチェーンつきの眼鏡を贈ったもののそれは部屋で大切に飾って朝夕拝んでいるとかいないとか。
「お手柄だわ」
「セオドア様からしっかりご褒美をいただきます。ね、ピノ」
ピノは誇らしげに囀って胸を張る。アンナの使い魔ピノは特定の範囲内の失せ物を探し出す力を持っている。普段はアンナの部屋の鳥籠で過ごしているが、失せ物探しを頼まれた際には部屋を出て主人と共に行動していた。
「見た目は普通の小鳥よね」
「そうですねえ。変化もしませんし」
強力な使い魔であれば、姿を一段階変えることが出来ると言う。
「食事や排泄も普通の鳥と同じですし、使い魔という感覚はあまり.........。あっ、旦那様がお待ちになってますよ」
「あっ」
話をする内にすっかり忘れていた。アンナにハーブティーをいれて部屋に置いておいてと頼んだ上で父が待つ書斎に向かった。
*
*
*
「ご用は何でしょう」
ほどなくしてライラは父と対面していた。椅子に掛ける父の足元には黒い大型犬が寝そべっており、時折尻尾で絨毯を払う。
「渡すものがある」
ギリアンは書斎机から一通の封筒を取るとライラの方に差し出した。
「母さんからだ。亡くなる前、成人の儀の前日くらいに渡してほしいと頼まれていた」
「お母様が?私に?」
思いも寄らぬ言葉にライラは上ずる声を上げ、封筒を手に取って光に透かすが中身は全く見えなかった。
「なにかしら」
「護符だと言っていた」
封筒の表と裏とを確認する。特に署名はなく、何かかたいものが入っているようなごつごつとした手触りがある。
「ここで開けても?」
「構わない」
下手に破らないよう細心の注意を払って封を切り、掌の上でそっと逆さにひっくり返した。すると釣鐘型の花が刻印された金色の指輪が転がり出てきて、次の瞬間寝そべっていた犬が起き上がりワン!と大きく一声吠えた。
「きゃっ!」
「貸しなさい」
ライラは急いで指輪を渡し、父が指輪を確認している間に封筒の中を覗き込んだ。よく見れば奥底に薄い紙片が入っており、黒インクで文字が一筆記されていた。
............どういう意味?
ギリアンの方はというと受け取った指輪を犬の鼻先に近づけて嗅がせていた。彼の使い魔ヤミーは神力を察知する犬で対象が主人に害をなすと見做した場合は破壊を行う。ヤミーは指輪を見つめて入念ににおいを嗅ぎ、長いピンクの舌でぺろんと舐めた。ついでにかじろうと口を開けるがギリアンは先んじて指輪を引っ込めヤミーの頭をぺしりとやった。
「許可なく食べるな」
制されたヤミーは鼻を鳴らし、何もしていませんよと言いたげな顔をして椅子の下に寝転がる。まったく、とギリアンは短くため息をつくと今一度指輪を眺めたのちにライラに返した。
「問題ない。成人の祝いにお守りとして用意したんだろう」
ライラは右手の中指に指輪を嵌めた。この花はカンパニュラだろうか。レイチェルの本にカンパニュラは釣鐘の形をした花だと説明書きがされていた記憶があった。
「大切にします」
亡き母からの贈り物。なくさないか心配だけれど、出掛ける際は身につけよう。
父に礼を伝えて書斎を出る。ドアを閉めると足早に自室に戻り、封筒から紙片を引き出して机上に置いた。薄い半透明の紙には一文、というより一単語のみ記されていた。
" ギルバード "
「名前......でいいのかしら.........」
ハーブティーをすすりつつ眉根を寄せる。これだけでは指輪とどう関係があるのか、そもそも関係あるのかすら断定出来ない。ギルバードなんて人知らないしそれにどう見たって男性名。
贈り物はもちろん嬉しい。でももう少し長いお手紙で書いてくださればよかったのにと天国にいる母を想う。
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