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"ギルバード"ってだれのこと?
成人の儀を翌日に控えた日の朝、ライラは自室の窓からぼうっと外の緑を眺めていた。
明日は数年ぶりにアルゴン王都に行く。
アルゴン王都どころか、屋敷から出るのが数年ぶりだった。
滞在時間はおよそ一時間くらい、そこまで気負わなくてもいいかと言い聞かせつつ、ちょっとしたことでも面白おかしく噂する世間のことを考えるとそわそわして落ち着かなくなる。
はあ、と息をついた時、部屋のドアがノックされた。
「ライラ様、アンナです。成人の儀の件で旦那様がお呼びです」
「...今行くわ」
ドアを開けるとアンナが立っていて、肩には白い小鳥がとまっていた。
「ピノ、久しぶり」
声をかけると、ピノは羽をふるわせてさえずる。
くりっとした黒い瞳がとても愛らしい。
「ピノがいるということは、探し物ね」
「あっ、そうなんです。セオドア様が眼鏡をなくしてしまって。今しがた見つけたので、この後お届けしようかと」
セオドアは執事の名である。
先代侯爵の頃から仕えておりかなりの高齢ではあるが、生涯現役を掲げて今もなお元気に屋敷で働いていた。
元戦士というだけあって体力はあるようだが、眼鏡をすぐになくす癖があり、見かねたギリアンが予備の眼鏡を贈ったのだがそれは大切に仕舞い込む始末。
「ピノ、お手柄だわ」
「ふふ、セオドア様からしっかりご褒美のおやつをいただきます。ね、ピノ」
ピノは誇らしげに胸を張る。
アンナの使い魔ピノは、特定の範囲内の失せ物を探す能力がある。普段はアンナの部屋で過ごしているが、失せ物探しの時には部屋を出てアンナと共に行動していた。
「見た目は普通の小鳥よね」
「そうですねえ。変化もしませんし」
アンナは首を傾げつつ、ピノを撫でる。
強力な力を持つ使い魔であれば、姿を変えることができると言われていた。
「食事や排泄も普通の鳥と同じなので、使い魔という感覚はあまり......。あっ、ライラ様、旦那様がお待ちになってますよ」
再度促され、ライラは頷いて書斎に向かう。
ほどなくして、ライラは父と書斎で対面していた。
彼の足元には黒い大きな犬が寝そべっている。ただの犬ではなく使い魔だ。
「お父様、ご用は何でしょう」
「渡したいものがある」
そういうと書斎机から一通の封筒を取り出した。
「母さんから成人の儀の前日くらいに渡してくれと頼まれていたものだ」
「お母様が私に?」
思いもよらなかった言葉に、ライラは驚く。
「何かしら」
「確か護符みたいなものと言っていた気がするが」
封筒を受け取って表と裏とを確認する。
特に署名はなく、何かかたいものが入っているようなごつごつとした手触りがあった。
「ここで開けても?」
「構わない」
封を開けて掌の上で傾ける。
コロン、と釣り鐘のような花が刻まれた金の指輪が転がりでてきたかと思えば、ギリアンの足元で寝そべっていた犬が起き上がり一声吠えた。
「ライラ、指輪を貸しなさい」
ライラはギリアンに指輪を渡した。
それから封筒の中を覗き込み、気づく。
見れば指輪の他に封筒には紙切れが1枚入っており、文字が書かれている。
......これは一体、どういう意味だろう。
ギリアンは受け取った指輪を犬の鼻先に近づけていた。
彼の使い魔ヤミーは神力を察知する犬であり、対象が主人に害をなす場合は攻撃する。
また、ライラは見たことがなく本当かどうか知らないが、変化により双頭の巨大犬になることが可能らしいと使用人の噂では聞いたことがあった。
ヤミーは指輪をじっと見つめて嗅いでいたが、少ししてぺろんと舐めた。ついでにちょっとかじる。
「こら。食べ物ではない」
召喚した時にギリアンが身に着けていた革手袋をむしゃむしゃやったことから名付けられたらしいが、目新しいものを見るとすぐにかじろうとする。
制されたヤミーは何もしていませんよと言った顔をしながら元通り寝そべり、ギリアンはふむと息をついた。
「何に対する力かはわからんが、防御系の力だな。成人に備えて身につけられるお守りを用意したんだろう」
ライラは指輪を嵌めてみた。
この花はカンパニュラだろうか。本の挿絵で見たことがあるような気がした。
「大切にします」
「ああ、リィンも喜ぶ」
母からの贈り物、出掛ける際には身につけようと思った。
父に礼を伝えて書斎を後にする。
その後、足早に自分の部屋に戻ったライラは封筒から紙を引き出す。
紙には一文、否、一単語だけ書かれていて、ライラは思わず眉根を寄せる。
" ギルバード "
「名前、かしら......」
指輪と関係あるのかどうかすらわからない。
名前だとして聞いたこともないしどう見ても男性の名前。
贈り物は勿論嬉しい。
ただ、手紙を書くならもう少ししっかり書いてくださればよかったのにと思った。
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