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おしゃべりな三歳の娘との保育園の帰り道。歩きながら、舌足らずな娘との会話が続く。
「ダンゴムシ、みーっけ!」
「ホントだぁ。でも、お家に持って帰らないでね」
「えー!! あ、おっきい"とらっく"!」
「ホントに大きいねぇ。何を運んでいるのかなぁ?」
「おにんぎょうさんだよ。い~っぱいなんだよ」
いつも通りの他愛のない会話をしながら、車の多い大通りから、一本脇道に入る。脇道は住宅と団地の間を通っており、この時間は車も人もはあまり通っていない。
団地の中の公園に猫が二匹いるのが見えた。
「あ、ねこちゃんみーっけ!」
「ホントだねぇ。二匹いるね。何してるのかな?」
「あのね、ねこちゃんの"ほいくえん"なんだよ。おともだち、かえっちゃって、"えんちょう"なの」
「ネコちゃんも保育園行くんだねぇ」
「うん! そうだよ。みんなで、い~っぱいあそぶんだよ」
この公園の隣には団地に住む人たちの駐車場がある。駐車している車の下にも猫がいることがあるので、猫好きの娘はこの駐車場の横を通る時はいつも車の下を見て猫を探している。しかし、今日は駐車場に猫はいないようだ。
「ねこちゃん、いないなぁ……」
「今日はいないねぇ。お家に帰っちゃったのかなぁ?」
駐車場の横を通りすぎようとした時、娘の元気な声が響いた。
「あ! おにいちゃん、みーっけ!」
おにいちゃん? さっき、猫を探して駐車場を見た時に、人影はなかったはずだが……。
困惑しながら、娘の指差したほうを見ると、そこには黒い軽自動車が止まっていた。そして、その軽自動車の下に男の子らしき人影が見えたのだ。
その男の子らしきモノは軽自動車の左前輪にしがみつき、車体を見上げていた。
「ひっ……」
悲鳴をあげそうになるのを必死で堪える。
男の子らしきモノは、マネキンのような蒼白の顔色をしており、その目と口の部分には丸く真っ黒な穴が空いているだけ。髪はボサボサで土埃まみれ。明らかに異様な雰囲気を感じ取った。
――これ、絶対に見つけちゃいけないやつだし、見つかっちゃいけないやつ!
焦る私に対し、娘はのんびりと話しかけてきた。
「おにいちゃん、なにしてるのかなぁ?」
娘のこの声が聞こえたのか、男の子らしきモノの頭が、ギギギと音が聞こえそうなくらいぎこちなく動きはじめた。
――あ! こちらを見る! 絶対に目をあわせちゃいけない!
直感的にそう思い、とっさに娘を抱き上げ駆け出した。
娘は突然のことにびっくりした様子で、私の顔を見つめている。
「まま、どうしたの?」
「ママね、買いたいものがあるのを思い出したの。スーパーに寄って帰ろう」
「すーぱー? ”からあげ”かうの?」
「うん。晩ごはんに食べよう」
「たべるー!」
娘の興味は大好物の唐揚げに移ったようだ。あとは、あの男の子らしきモノがついてこなければいいのだが……。私に後ろを振り返って確認する勇気はない。とりあえず、必死に駆けた。
保育園の荷物と13キロの娘を抱えて駆けるのは、体力的にも筋力的にもかなり厳しいかったが、人通りが増えてくるスーパーのある通りに出るまではなんとか頑張った。
通りに着いた時には、息は上がり、腕は痺れて、伸ばすと痛い。きっと明日は筋肉痛だろう。本当に、頑張った自分を褒めてあげたい。
娘を下ろして手をつなぎ、スーパーに向かって歩きだした。そして、スーパーの入り口に着いた時、中から出てきた娘と同じ年頃の男の子が外を指しながら母親に話しかけるのが聞こえてきた。
「まま、 あのおにいちゃん、おめめないよ」
その言葉に、思わずその親子を見てしまった。
男の子の指した方を見た母親の顔が恐怖で青ざめていく。
あぁ……あの男の子らしきモノはどうやらついてきてしまったようだ……。
――娘よ、頼むから変なモノを発見するのは止めてくれ!
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