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パスタを七割千冬に渡してジンジャーエールを硝子のコップに注ぐ。金属アレルギーらしいので元々家にあったフォークは使わず、袋に入っていたプラスチックの物を使う。
「前より頬が痩せこけてきたね。大丈夫?」
「君がパスタをこっちにもっと寄越してくれたら元気になるかもしれないなあ」
「じゃあそのままでいいや」
僕の健康状態よりパスタを選択する千冬に苦笑していると、彼女の右手にホクロがあるのを見つけた。今発見した物を含めて見つけてきたホクロは四つで、暇潰しにはなるので暇な時は積極的に見つける事にしている。彼女曰くホクロは全部で五つあるらしいが、答えを求めても一向に教えてくれなかった。
パスタを口いっぱいに頬張って咀嚼する千冬は、いつも僕といる訳では無い。血液提供の為に何があっても一日に一回は絶対に会うし、暇な時は彼女は家でいつもテレビを見ながらゴロゴロしているが、それ以外で予定を合わせる事は稀だ。今日観覧した劇も僕が見て欲しいから誘っただけで、彼女から何かに誘われた事は無い。結局僕は彼女にとっての血液貯蔵庫に過ぎない。それでも誰かと言葉を交わすのは悪くない。そう思える位には彼女の存在には助けられていた。
「美味しいー!!」
「……そうだな」
耳鳴りがする。
絶対に取り返せない昨日と不確定で生存しているかも曖昧な明日。両方等しく大事な一日なのに、こんな所で緩慢に消費して良いのだろうか。
イメージしてみよう。
今僕は意識が混濁している。
耳元では自分が選んだ家族がすすり泣いている。花瓶の中に生けられたガーベラの甘い匂いを鼻腔で感じ取る。声は後一言しか絞り出せない。僕は愚鈍な頭で考える。考えて、こう結論づける。何も言う事がない、と。
そもそも一人で死にたいと思っている人間が家族なんて拵える訳が無い。妄想は時間という通貨と等価交換されて腹の足しにもならない、という妄想を今脳内で考えた。本当に救えない。
「洸希、そろそろ血を頂戴よ」
いつの間にか空になった皿と、腕を赤子に触る様に優しく撫でる千冬が口を大きく開けている。彼女はあるがまま、欲望のままに生きている。消した思考に羨望がまた混ざり込んだ。
僕は溜息をついて、右腕を差し出した。
献血の針よりも太い八重歯が刺さった。
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