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Formicophilia
『元気になったから、会いに来てよ』
祈山怜が、地元に残してきた恋人からそう電話口で告げられたのは一ヶ月前。
怜にとってはこれとない朗報だった。恋人である八重尾麻咲は生まれつき体が弱く、何度も入退院を繰り返していた。怜が首都圏の大学に通うことになり、地元に別れを告げるときも、麻咲とは病室で最後の言葉を交わした。今までで一番容態が悪いと医者から宣告された後だったからか、怜も麻咲も今生の別れのような面持ちでお互いの体を抱き締めた。
『──僕が居なくても、僕をどうか忘れないで』
麻咲の最後の言葉に、怜は麻咲を抱き締める腕に力を入れた。
そうして大学生活が始まり、新しい土地で新しい友人たちと新しい生活を楽しんでいるときも、いつも脳内の半分以上は麻咲への心配で埋め尽くされていた。
朗報を告げられた怜が、思わず涙ぐんだ声で「夏休みには地元に戻るから」と伝えた際、麻咲は嬉しそうな声色で『待ってるね』と言葉を漏らした。その一言が、慣れない土地で奮闘する怜の活力になったのは言うまでもない。
あともう少し。もう少し頑張れば、元気になったという麻咲に会える。もしかしたら、もう一生会えないのではないかとさえ思っていた恋人に会えるのだ。
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