大暴れ毛玉くん

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大暴れ毛玉くん

カタカタとパソコンのキーボードを叩いていると、ドアが開いた。 「何なのあの毛玉……頭おかしいんじゃない!?」 蓮様が何やら冷めきらぬ様子で白様と入って来た。蓮様の講義は少し前に終わっていて、生徒会室に戻ってくるには少し遅い時間だったが、白様は学年が違うのだが講義を受ける時間が同じだった為、蓮様が白様を迎えに行ったらしい。白様を1人にさせたがらない蓮様らしい理由だ。 「澪はどこだーって、煩くて!授業が終わった途端、ずっと付きまとってくんの!!ウザい通り越して引くわ…」 やはり、あの毛玉は蓮様にも必要以上に絡んでいる様で、生徒会室へ行くためのエレベーターまで付いてきたとのこと。カードキーをそれぞれ認証させなければエレベーターには乗れない為、最後まで乗せろと喚く毛玉を何とか追い出してこちらまでたどり着く後ができたらしい。それに付き合った白様も疲れた顔をしている。親しい人以外と話すのが極端に苦手な白様は普段、側で大きな声を聞かされる事もない。白様の親衛隊は皆、物静かで有名だ。 「あ?澪に?なんだ、何かしたのか?蓮、転校生は何故澪に付き纏う?」 あまりの言い様に奏様が興味を持ったようだ。私は思い出すのが嫌であまり報告していなかったが、やっぱり報告するべきだったみたいだ。 「そんなの一つしかないだろ!察しろよ、ばか!」 「ば、馬鹿はないだろう。その様子だと付きまといか……まぁ、澪への危害の危険も含めて注意しておくことに損はない。……わかった、これから食堂へ行って親衛隊長とその他生徒へ通達する。これでいいだろう?」 「このヘタレ!ったく、直接言えば手っ取り早く自衛してくれるのに」 「それは……たとえ言えても期待はしてない」 初めてこの広い学園で出会い、初めの友達認定を受けた私にあの毛玉が執着するのは分かるがあまりにも執拗い様子に体が震えた。……それよりもなんの話でしょう?私に付き纏っている毛玉の話だったのですが……? 「むり……じゃ、ない……?それ、より……早く行こ」 なかなかヒートアップして奏に突っかかる蓮様に白様が肩を叩き、振り向く瞬間を狙ってほっぺに指を刺す。興奮で赤みを帯びた頬に白様の細い指が丁度よく刺さった。 「ぶっ……もう、白ちゃん……ごめん、イライラしてた……。ってか、夏と秋は?」 予想外の出来事にイライラが引っ込んでしまったようだ。ついでに周りも見えたらしく、この場に居ない双子に気づく。 「あぁ、双子は少し親衛隊に会ってから食堂へ行くんだと。今から合流する」 「自由だよな、あの双子は……」 夏様と秋様は行動を共にすることがほとんどで、1人だけでいる所をあまり見た事がない。主に裏稼業を継ぐ生徒が多いFクラスを纏めあげる御2人にはその道の親衛隊が多い。学園の情報網とも呼ばれるほど小さな噂ですら見逃さないFクラスの生徒を頼りにした風紀委員の活動には、細かな報告を行うことで連携を取っているのだ。今の件も情報を求めに行ったのであろう。 文句が止まらない蓮様のことを華麗にスルーしていた奏様は、仕事に区切りがついたらしく、パタンとパソコンを閉じた。 「行くぞ、澪」 「はい、奏様」 皆様がぞろぞろと扉へ向かい最後に席を立ったのだが、ふと、奏様の机にある書類の間に見覚えのない少し膨らんだ白い封筒があるのに気づく。奏様へ届く文書は私が検閲しているのが、その封筒は朝に見たものにはないものだった。だが、奏様から処理をするように言われていないので少なくとも害になるようなものでは無いということだろう。こちらからでは宛名等が無いように見えた為、気になるが聞くのは帰ってからでもいい気がする。 (何も言わないということは、大丈夫なのですね) そのまま、食堂へ向かった。 すぐに秋様と夏様が合流し、揃って食堂へ行くことができた。奏様の肩越しに見えるは、美しい聖母マリアの彫りが施された両開きのドア。何故聖母マリアなのかは学園創設からの謎だという。 「澪、耳塞いでろよ」 「えぇ、大丈夫です」 奏様がこう言うのには訳がある。生徒会とは皆の憧れ、尊敬、人気、その他全ての視線と想いを向けられる組織で、特にこの代はかの十神家が集まり、私を除いてルックスも超一級品ときた。絶大な人気を誇る生徒会が一般生徒の前へ、まして食堂など普段は有り得ない。 だが、月に一度この日だけ生徒会が食堂へ訪れる確率がグンと上がるのだ。もちろん、お茶会でも会えるのだが全員が揃うのはたまにの行事や式典でなければ不可能。そんな日の今日はいつもの何倍もの生徒が食堂へ押しかけ、ひと目見ようと待機している。目にした瞬間、喜びと驚きが自制心よりも勝り皆叫んでしまうのだ。なので悲鳴が上がると思われるときは耳を塞ぐか、耳栓を用意している。傷んだ蝶番がギイィ…と音を立てて開かれ、まるでホテルの式場のような場所が顔を出す。間髪入れず、悲鳴が上がる…… …………はずだった。 代わりに有ったのは、異様な静けさと今来たばかりだというのに肌をチクチクと刺すような異常な緊張感。普段なら皆の楽しそうな声が聞こえる食堂で、誰一人と声を出していない異様な空気だ。 「なんだ…?」 「なに、何がおきてんの?」 開かれた扉の先では皆、扉とは逆の方向を凝視していてこちらを見ている者は誰一人居なかった。この日の生徒は皆、いつ奏様が扉を開け入ってくるのだろうと待ちながら食事をしている。 そう、気づかない筈がないのだ。 皆が何に気を取られ、何に緊張しているかは誰かに尋ねずともすぐに分かった。 「ーーーーろよ!親衛隊なんて!!」 嗚呼、本当に面倒な事をしてくれる。中に入り、皆の視線の先を追いながら進むと、広い中央の席で入り口まで届くような大声を上げているのは……案の定、今日来たばかりの毛玉だった。 「ーーー親衛隊なんて辞めろよ!!淫乱で、制裁って言うやつをする集団だって爽は言ってるんだぞ!!」 「そうだよ、宇理。親衛隊って言うのはみんな淫売なんだ。生徒会は自分たちの人気を利用しているんだよ」 「ほら!爽は俺の友達だから、本当なんだ!澪は俺の友達だからそんなことしないけど、他の奴らはそうに決まってる!友達だから言ってるんだぞ!」 近づくと、一人の生徒が毛玉に腕を掴まれ、痛いのか涙目になっているのが見えた。毛玉の隣には毛玉とは別だが最近編入して来た柏木爽という生徒がいた。彼は大旦那様と同様、Ωが嫌いらしく編入時の面接では鼻につくような発言が多かったイメージだ。Ωが嫌いだからといって入学を断る理由には薄かった為、湊様が多様性を重んじるようにと伝え入学となった人だ。毛玉の悪い意味での純粋さを利用しているのだろう。この学園では小さく黒い染みは広がるどころか叩き落とされるのがセオリーとなっており、Ω嫌いを公言している彼に近づく人物は居ない。生徒会としてもいじめに繋がりかねないその状況を変えたいのだが、なんせ彼自身が嫌われる努力をしているのか?という位にはΩの立場について話が通じない為、現状そのままにせざるを得ない状況なのだ。大方、あの毛玉が自己紹介=友達認定でもして仲間に引き込んだのだろう。 「だから…ぼ、僕は好きで、治神様の親衛隊に居るんだ!!優しくて可愛くて大好きだし、勉強も出来て努力家な治神様のことを応援したくて親衛隊に入ったんだ!なんで、来たばっかりの何も知らない君なんかにそんな事言われなくちゃならないんだ!」 「は?Ωのどこが努力家なんだよ、まともに喋れもしない癖して偉そうに生徒会とか言ってる奴のどこが優秀な生徒なのか教えてくれよ。Ωだの運命の番だのにうつつを抜かす馬鹿ばっかりで呆れるよ本当。な、宇理、こいつら生徒会の奴らに媚び売って単位貰ってんの。親衛隊という名の淫売だな」 「治神様を馬鹿にするな!誰よりも努力家なのは成績順位が表してるじゃないか!上手く話せなくたって、治神様はみんなに優しく勉強を教えてくださる治神様が僕は尊敬できるから親衛隊に入ったんだ、君らみたいな昔のまま変わらない考えしか持てないなら僕にこれ以上関わらないでくれ!」 「なんだよ!この俺が友達になるって言ってるんだぞ!友達の言うことは聞かなきゃ行けないんだぞ!」 負けじと言い返しているのは黒の首輪をつけた小柄なΩの子で、確か白様の親衛隊員だったはず。掴まれている腕が段々と持ち上げられ、可愛らしい顔が痛みに歪んでいく。見ていられず、声をかけようとすると、奏様が手を出して制止した。なぜ、どうして……?Ωの子は体が弱い子が多い、あの毛玉の力は意外にも強いことから、このままではあの子が怪我をしてしまう。 「あの野郎、白ちゃんを馬鹿にした…奏、殺していい?」 「蓮、殺すのはダメだ。退学を検討しよう、とりあえず落ち着け」 「……っ豆柴くん!」 私が奏様に止められていると、私に隠れて見えていなかったのであろう白様が自分の親衛隊の子であることに気づき、その豆柴という生徒に走っていってしまった。 「え?!白ちゃん、まって、だめ!」 蓮様がとっさに止めるも遅く、その生徒と毛玉の間に行き手を振り払う。突然のことに驚く豆柴くんと言う子は登場してきたまさかの人物に驚きの声を上げた。 「治神様!?あ……どうしてここに……!?」 そこでようやく、私達の存在に気づいた生徒から悲鳴が上がる。 「「「「キャァァァァァァ!!!」」」」 「黙れ!」 しかしそれも直ぐに奏様が黙らせてしまう。不意打ちの悲鳴に毛玉が豆柴くんから手を離し、耳をふさいだ。その瞬間、白様は生徒を立たせ、こちらへ戻ってきた。 「あ、あの!治神様、すみませんっ!!大丈夫ですから、離して下さい!」 「いい、から……!」 「柴!」 近くの空いている席に座らせると、直ぐに友達であろう生徒が一人近付いてきた。白様は豆柴くんの目を自分の服の袖でゴシゴシと拭い、掴まれていた腕のブレザーを捲り上げる。そこにはすでに赤くなってはっきりと掴まれた痕が残っていた。 「これ、腫れる…から、保健、室いって…連れてって」 「治神様…すみません、わざわざ……。俺が来るの遅かったから…!」 近付いてきた生徒はαで豆柴くんの恋人なのだろうか、耳を抑えながら先程のところで喚いている毛玉を物凄い顔で睨んでいる。私は奏様のフェロモンしか嗅ぎ取れないが、空気がピリついているのが分かる。自分のΩを害されたαは元々穏やかな人物であっても攻撃性が増すことがあり、今の状況ならいつαが暴走してもおかしくはなかった。 「あーくんのせいじゃないよぅ……治神様も僕は大丈夫ですから!助けていただいてありがとうございました!!」 「だめ…保健室は、いって、冷やして。僕の、こと…がばってくれて、ありが、とう。うれしかった...あーくん?連れてって」 「治神様...!僕は治神様の親衛隊で幸せです……!」 真剣な眼差しで見つめられ圧倒されたのか、あーくんと呼ばれた人は豆柴くんを優しい目で見、肩を支え立ち上がらせた。きっと自分の大切な人を傷つけたあの毛玉と爽と言う方に飛びかかりたいであろう思いを理性で押し込めたのだろう。 「わかりました、ちゃんと連れていきます」 「宜、しい」 二人はゆっくりと出入り口まで進んでいった。 「大丈夫そうだな。桜木!報告!」  「はい…あの毛玉が食堂へ来るやいなや、治神様の親衛隊に入っている柴くんを急に怒鳴りつけ、辞めるように強要しておりました…」 「強要?何故?」 「あの隣にいる柏木爽と言う人物が親衛隊は淫乱だと吹き込んだらしいのです。そして近くにいた柴くんを友達にしようとしたところ治神様の親衛隊に所属していることを聞き、豹変したようです。...本当に急なことでしたので、止めることが出来ませんでした……」 奏様は豆柴くんを見届けると、近くにいたご自分の親衛隊の一人を呼び付け、何故こうなったかを説明させた。 「僕、のしんえ…たいは、淫乱じゃ、ない」 「白ちゃん、それは皆知ってるから、大丈夫だよ」 「桜木、俺は責めてなんかないぞ?そんな顔すんな、報告ありがとな」 奏様は簡潔に報告をしてくれた桜木くんの頭を撫でる。 ………胸の辺りがチクチクするのは、何故だろう? 「あぁーー!!澪!!会いに来てくれたのか?!」 「…っ!」 後ろから聞こえた大声に思わず体が跳ねる。連れていかれた柴くんの事を追いかけようとしたが悲鳴に驚き耳を塞いで固まっていた毛玉が私のことを見つけたのだろう、直ぐに走ってきて横にいた奏様を突き飛ばして抱きついてきた。 「奏様!っ何するんですか!?離して下さい!」 「毛玉!れいちゃんに触るなよ!」 「「うわっ、きも」」 「れー、ちゃん……!」 突き飛ばされた奏様は、よろけただけで転んではなさそうだった。爽と言う方もこちらに走ってくる。 「お前が一ノ瀬 宇理か?」 「おう!!お前、誰だ!?名前教えろよ!」 「澪から離れろ」 「宇理!そいつはΩだ、しかも親衛隊の対象で体を売って生徒を誑かす生徒会だぞ!離れろ!」 「あ?澪がなんだって?今まで発言だけで害がなかったから放置していたが、これ以上澪やそのほかの生徒を貶めるような発言をするなら退学にするぞ」 「生徒会にそんな権限あるわけないだろ!そっちこそ調子に乗るな!」 「この学園は特殊でな、生徒会に1番の権限がある。おい、そこの一ノ瀬宇理、澪から手を離せ。それ以上は許さん」 爽さんが喚く中、奏様のフェロモンがピリピリとしだした。それに気づいたのだろうαの爽さんの顔が真っ青になっていく。奏様いけません、これ以上は彼が倒れてしまう。あぁ、どうしてこんなにΩは貧弱なのでしょう、直ぐに振り払うこともできやしない。 「何言ってんだ!?名前教えろってば!!」 「大神 奏、生徒会長だ。澪を離せ」 「奏だな!!澪は離さないぞ!だって俺の恋人なんだからな!」 「「「…は?」」」 「……え?」 私が、この毛玉と……恋人? 有り得ない事態に、皆が固まる。いや、そもそも告白したまたはされたという覚えはないし、毛玉と会話があったのは朝だけなのだが。名前を教えると友達で会話があれば恋人認定など、迷惑極まりない。一体、いつから恋人になったというのだ。気味が悪い発言に鳥肌が立つ感覚がした。 「………恋人、澪がお前の恋人…………?」 皆が驚きの発言に固まる中、その沈黙を破ったのは奏様だった。奏様も驚いている様子が伝わる。そもそ今日初めて会った人なのに、私が毛玉の……コイビト?有り得ない……私が、好きなのは、これまでも、これからも奏様ただお一人。 「そうだぞ!!澪は俺の恋人なんだ!!!だからずっと一緒にいるんだ!」 「………恋人ね……本当か?お前は澪と今日初めて会うだろう?」 「一緒に居る時間なんか関係ないんだぞ!俺が澪を好きだから恋人なんだ!」 奏様が毛玉を睨みつけながら、再度問う。違う、私は好きなんかじゃない。私は奏様が好きなんだ、これだけは間違わない。 「離してください!!……違います、奏様!貴方様の許可なしに、私にそんな権利はありません!」 繰り返される虚言に本気の寒気を感じる。まだ痛いくらいの力で抱きついてくる毛玉、不甲斐ない自分に泣きそうになる。私には、勝手など許されない。身体はもちろん、この感情までもが奏様のモノ。奏様に初めてあった日から…いや、生まれたときから私は奏様のモノなのだ。 「何でそんなこと言うんだ、澪!!俺たち、恋人だろ!!」 「何の話ですか!?離して、下さ…イッ、た…い」 拒否の言葉を吐くたびにギリギリと腕に力を込められ、どれだけ食べても余分な肉がつかない細い体は本格的に軋み始める。 「澪!」 痛みを訴えた途端、奏様が腰に回っていた毛玉の方腕を捻り上げ、流れるように足を払い床に倒す。そのまま蓮様が倒れた毛玉をうつ伏せにし、両腕を後ろで拘束する。秋様と夏様は学内連絡用PHSで誰かと話をしていた。私は奏様の腕に抱きしめられていた。ふわっと香る、レモンのような甘酸っぱい奏様のフェロモン。正直苦手だった毛玉に抱きつかれ恋人と言われた嫌悪感や、奏様のモノなのに勝手にこの身体を触らせ何を思われたか。不安、焦り、嫌悪、ぐちゃぐちゃになった頭がひどく痛む。 「何するんだ奏!?澪から離れろ!!俺の恋人だぞ!!!」 「澪、大丈夫か?怪我は?白、診てやってくれ」 「あ、あの奏様……」 「「奏、風紀呼んだから」」 「ありがとう秋、夏。あいつを蓮と見張っておけ」 奏様の顔が見れない。どんな顔をしている?怒っている?あと二年しか隣に立てないのに、奏様から捨てられないようにあれ程気をつけていたのに。 ………捨てられるだろうか? 泣きそうだ…………。 「澪?やっぱり何処か痛むのか?」 「奏、少し…離れ、て…」 胸に広がる奏様のフェロモンがより不安感を掻き立てる。もう、感じられなくなるのか?この誰よりも温かい体温を。 「白、澪は…」 「澪、ちゃん……座ろ」 白様に手を引かれて近くの椅子に座る。奏様から離れたことで、冷静さが戻ってきた。どうも奏様の側は安心しすぎて、ボロが出そうになっている。 「どこ、か痛む…?」 「大丈夫です……すみません、ご迷惑をお掛けしました…」 「ほん、とに?」 「はい……あ、奏様………」 「怪我はないようだな、良かった……そんな顔しなくても、澪は俺の大事なパートナーだ。大丈夫だ」 そばに来た奏様を見上げると、責めるわけでもなく、嫌いになったような目はしていなかった。頭を撫でられ、子供に言い聞かせるような優しい声にぐちゃぐちゃだった頭の中が整理されていく。やっぱり奏様が好きだ、どうしようもないぐらい好きなんだ。この思いを伝えることは一生ないけれど、せめて奏様の元で精一杯お仕えしなければと改めて思う。こんな不甲斐ない従者にすら優しい奏様。私はそんな方の元でお仕えできて幸せなのです。泣きそうだった目を擦り、立ち上がる。 「夜神様!何事ですかっ?!」 バタバタと駆け寄ってきたのは風紀の腕章を付けた生徒たち。きっと夏様の連絡を受け駆けつけてくれたのだろう。 「澪、大丈夫か?」 「はい、もう大丈夫です」 優しい奏様は毛玉によって軋んだ体を心配してくださる。その心が嬉しくて心がぎゅっとなる。そんな中、あの毛玉は蓮様が背中に乗っているせいで身動きが取れず、「澪は俺のだ!」とまだ喚いている。私はいつどんな時も奏様だけのものですよ。これは生まれた時から変わらないので恋人など一生できる気もしませんが。朝にあったときから、おかしいとは思っていたがここまでとは。あの理事長代理にしてこの甥あり、か。 「小野、アレを生徒会への過剰接触で謹慎なり停学なりやってやれ。今後、澪の周りに一切近づけるな。」 風紀副委員長である小野さんの顔から血の気が引いていく。 「まさか…宝生様に何かあったんですか…!?」 「すみません、小野さん。恋人宣言されただけで、実害はありませんでした。これしきの事で呼び出してしまって……」 「恋人宣言!?大神様の前でなんて命知らずな!!身の程知らずにも程があります!大体あの様な容姿で良く宝生様の隣に立てると思いましたねあと毛玉。我らが宝生様にご無礼を働くものは、問答無用で裁きます!」 「小野、落ち着け」 小野さんはβだが可愛らしい外見にそぐわない男らしい性格をしていて、自身も親衛隊を持ちながら私の親衛隊員でもある。その漢気とさっぱりとした性格、小柄ながらに腕の立つ方だ。 「っは!すみません!すぐに連行します!!」 やけに興奮した様子に奏様から注意が飛ぶ。我らが宝生って...私はただの奏様の従者ですのに。普段奏様にお仕えしているだけで他は何も他生徒と変わらないですよ。今は風紀委員の方々が処理をしてくださっているので、発言はしませんが。 「番犬部隊の皆さんアレを逃さないように、拘束室までお願いします!」 蓮様の親衛隊の何人かが蓮様から毛玉を受取、立ち上がらせる。 「澪!!!何でこんなことするんだ!俺たち恋人なのに!いつも一緒にいるのは当たり前だろ!?なんで助けてくれないんだ!俺は澪のこと愛してるのに、触れないなんておかしい!」 「っ、おい!!」 「何をしている!?抑えとけ!」 毛玉は立ち上がった瞬間、拘束していた人たちを振りほどきβとは思えない速さでこちらへ近づいてきた…!すかさず奏様は私を後ろに庇い、一歩前へ出る。 「澪!何で俺を助けないんだ!!澪は俺を愛してるのに!何でそばに来ないんだ!?」 息を荒らげ、更に大きな声で怒鳴ってくる。蓮様の顔色が悪い、大声は誰にとっても良くない。早く抑えて上げなければならない状況で、白様がそっと蓮様の耳を塞ぐ様子が写った。これなら大丈夫だろう。それにしても一方的な愛に相手が必ず振り向くと思っている状況に吐き気がする。それほど簡単なら私はとっくに奏様にこの気持ちを伝えられているだろう。出来ないからこんなにも苦しいと言うのに。 「俺ほんとはこんな姿じゃないんだ!ほんとの俺は……!」 奏様の目の前に来て、その明らかにカツラと思われる物を取り、見えているのかが謎だった瓶底眼鏡を外した…!
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