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紺色の車に乗った静香は、慣れた手つきで会社に電話をかける。
「終わりました」
『お疲れ様。いやー、今回も滞りなくフラれてくれて助かったよ』
電話越しに、男性上司の安堵の息づかいが聞こえてくる。
『お前は政府公認のかませ犬だからな』
——若者の恋愛離れが叫ばれてから十年。
ついに政府が、恋愛市場に介入を始めた。
狙いをつけたのは、恋愛未経験の男女。学生時代に、色恋の「い」の字もなかった彼らに、恋愛の魅力を教えようというわけである。
そこで目をつけられたのがマッチングアプリだ。
静香の勤める会社は、政府と協力し、新しいマッチングアプリを作り上げた。
「愛之合戦……私、何回首をとられればいいんですかね」
静香は自嘲する。
マッチングアプリ『愛之合戦』。
メッセージをやり取りしたり、通話をしたり、デートをしたり……恋愛経験を積むごとに、自分のレベルが上がっていく。
このマッチングアプリでは、自分と同じレベルの人とマッチングできる仕組みになっている。
レベルを上げるほど、経験を積んで垢抜けた異性とマッチングできるようになる。
『レベル1の男達の経験値を上げるサポートをし、レベル2へと導くことで、自信をつけさせる……最高のかませ犬だよ』
「褒めてるのか貶してるのか、どっちですか」
『褒めてる褒めてる! あまりにブスすぎると、レベル1の男どもとはいえお前を避けるだろうし、美人すぎると、サクラであるお前にガチ恋してしまう。お前みたいな平々凡々なのが適任ってわけだ!』
この上司に妻がいるという事実は、静香の心中に黒い靄を生み出している。
『優秀なかませ犬には、早速次の仕事に入ってもらうから。次の男のIDを送っておいたから、明日から接触を開始してくれ。お疲れさん!』
通話が終わったことを確認してから、静香は携帯に溜息をふりかけた。
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