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——ジャズの流れる喫茶店には、ほどよい量の日差しが差し込んでいる。
「コンサルタントですか……なるほど」
静香は「はい」と頷き、カフェラテを口に運んだ。その動作に集中しているフリをして、眼前に座る甲斐秀吉という男を精査する。
ラフすぎず、かしこまりすぎず、丁度いい塩梅の服装。背筋はピンと伸びている。ダークブラウンの髪は清潔だ。
写真より実物の方が美しく見えるという、稀有なタイプだ。
「腑に落ちました」
「どういう意味でしょう」
「高宮さんとは、話しやすいと思っていたんです。マッチングした初日から。日頃から他人の相談を受けていらっしゃるからなんですね」
秀吉はにこりと口角を上げる。最も端麗に映る角度を計算しているかのようだ。
「私もです。不思議だなーと思って」
「不思議、ですか」
秀吉はキョトンとした顔になる。
「甲斐さんのような方なら、もっと自然に、素敵な女性と出会えると思ったので。マッチングアプリをされているのが、不思議で」
秀吉は、目を細めて、艶のある溜息をついた。
「僕が所属しているプログラム部は、男性しかいなくて……幼い頃は病気がちだったので、異性の友達なんてできるわけもなく」
「病気?」
「身体が弱くて。入退院を繰り返していたんです。頼りないやつだって、周囲からは負け犬だとか言われたものです。天下統一した秀吉と同じ名前なのが恥ずかしいとか」
秀吉は窓の外を見る。その表情は、儚い哀愁を映している。
静香の胸が、湿った絹の糸で、きゅっと締め付けられた。
「私もです」
胸の圧迫感を取り除くため、静香は己の黒いものを吐き出す。
「私も、かませ犬って呼ばれてますよ。男性とのご縁もなくて」
秀吉がハッとして静香を見た。静香は慌てて言葉を紡ぐ。
「すみません。初対面で、こんな話をして」
秀吉はフッと妖麗に微笑んだ。
「いいえ。なんだか親近感がわきました」
秀吉は、シックな鞄から何かを取り出した。
「こちら、お約束していたキーホルダーです」
静香の手のひらに、キーホルダーが置かれる。
スタキューちゃんは星型の顔をしたキャラクターだ。綿が詰め込まれたマスコットが取り付けられている。
「ありがとうございます」
「いいえ。お礼ですので」
「お礼なんて。私の方こそ、何かお渡しするべきなのに」
静香の口はそこで止まった。秀吉の繊細に演算された笑みを見たからである。
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