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私は、教習所にいました。 教習所の食堂でした。そこはアメリカンダイナーのような作りで、白黒のチェッカーのタイルを横目に、赤いテカテカ光るソファなんかに優雅に腰を下ろして...はいなかったんです。 18歳の、もう成人と言われてしまう年齢の私は人前で母親を怒鳴りつけていました。母の他人から見れば人のいい、しかし私から見れば心底腹立たしい能天気さになぜだか泣きたくなるほど腹を立てていたのです。 そんな私の姿を、遠くから高校と大学の同級生達が、顔をこわばらせながら眺めていました。高校の頃、好きだったAさんとその仲の良い取り巻きB、そんで、大学の同じサークルでプライベートにも遊ぶようなCさんが同じ卓から見ていました。 私は頭を掻きむしりたくなるくらい怒りながらも、後ろから感じる彼らの視線には気づいていたし、もう彼らが以前のようには接してくれないだろうことにショックを受けていました。 その惨めさが、目の前で眉を下げて私を諌めようとする母への怒りを加速していたのです。 私はもはや、なりふり構わず、泣きながら怒っていた、そんなような気がします。 でも自分が一体全体何にそこまで、今まで10数年築き上げてきた良い人の面を投げ打ってまで怒り狂っているのかわかりませんでした。 ええ、なぜならこれは夢だったからです。 目が覚めると車の中でした。 窓ガラス、車体に雨の当たる、ボツボツという音。目の前で水を掻き分けるワイパーの先に広がる灰色の空を見て、そうだ、これは出雲に行った帰りの道だと思い出しました。 助手席に座っていた私はいつのまにか雨音を子守唄に眠ってしまっていたのです。 運転席に座る母の、ハンドルを握る手が視界に入りました。 上機嫌に運転を続ける母に、話しかけることにしました。 「今さ、変な夢見て」 「教習所なんだけど、アメリカンダイナーみたいなとこにいて」 「そこに、高校の時の人と、大学の友達がいてさ、なんか知らないけど俺が母さんにブチ切れてた」 母は吹き出しました。 そして、そうそう、夢ってさ、この人とこの人が同じ場所に出てくるなんてあり得ないのに!って組み合わせの人が出てくるよね、と言って笑いました。 私も笑いました。笑ったと同時に、安堵しました。友人達の前で、尊厳を守れたことにです。 Aさんも、BもCも、一生を共にするような仲ではない、疎遠になられたところで困るほどでもない、そう思ってはいても、やはり己の建前を目の前で崩すことに耐えられる程私は世捨て人じゃありません。 ああ、本当、夢でよかった。 心からそう思いました。 母の車は舗装された道路から、脇道へ逸れていきました。
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