鰐時雨

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「オレ見たんだよ!白いワニ!」 スクランブル交差点が眼下に広がるスターバックスの中、隣に座る佑二は私に向かって力説していた。 そんな力説を聞きながら交差点を行き交う人々を眺める。たかだか、2階の高さからでは人間は黒い点には見えない。 覗き見防止フィルムの貼られていない、うっすらトーク画面が見えそうなスマホ、鞄にぶら下げられた今流行りのキャラクターのキーホルダーまで、細部まで隅々と見える。 この街は目に入る情報が多すぎる。   「絵美、オレの話聞いてる?」 佑二の不満気な声に我に返った。気づけば、佑二が手に持っている、新作のフラペチーノはもう半分以上減っていた。ズズっと吸って口を離した先にあるストローの先端は凹んでいた。紙ストローになっても彼の噛み癖は変わらない。 「聞いてたよ、ワニの話だよね」 私が答えると、そうなんだよ!と言って彼は、机の上に伏せて置かれたスマホを掴むと、素早く指先で上部をスライドしたあとタップする。男の人とは思えないくらいほっそりしていて、ネイルをしてやりたくなるような指先を私はうっとりと見つめる。人混み嫌いの私が、休日に真っ昼間の渋谷に呼び出されても二つ返事で来たのは、他でもない彼のためだった。 「ほら、コレ、見てよマジもんだから」 急かすように言ってぐいと、見せつけてきたスマホには、ややブレ気味の十字路の写真が写っていた。 濡れたアスファルトの上に溜まった水溜りの中に、青いネオンの光が反射している。 その向こう、マンホールの上にほんのり街灯に照らされた、白というより灰白色の塊が横たわっていた。角に差し掛かって半身しか見えないそれの、地面に弧を描いて伸びるずっしりした長い尾は、たしかにワニのようにも見えるが... 「コレ、本物?」 私は訝しんでいた。彼の言うことを否定したいわけじゃないけど、あまりにも現実味がなさすぎて。 「本物だって!これこそあの都市伝説の、東京の下水道に棲む白いワニだから!」 「オレは今度こそ絶対見つける。だから絵美もさ、手伝ってくれるよな?」
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