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「期限は一週間。奢った6000円分は働いてもらうわよ」
「おやまあ、なんでまた1週間なのよ」
寿司屋を出た後、手持ち無沙汰になった私達は宮下公園に来ていた。少し前にリニューアルされたここは、これでもかと言うほど座れるスペースに溢れていて、いかにここが渋谷の憩いの場たるかを知らしめていた。
「TikTokのイベントあるみたいで、その期限が今週末までだから。今ランキング1位取れるように頑張ってるの」
「ふーん、そんなのやってんだ」
シブヤは、興味なさそうに言う。令和どころか平成でも絶滅危惧種なくらい珍しいこの男は、携帯を持っていなかったのだ。だから、こいつとの連絡手段には、初めて会った場末のバーを使っている。
「厳しいんじゃね?佑二君顔は良いけど、それだけじゃん」
お前が言うのかよ!
シブヤの横顔をキッと睨む。被ったパーカーから覗く外国人かと思うくらい堀の深い横顔は、黙っていると洋画の一場面のような男だ。いや本当にそういう血が入っているのかもしれない。私はこいつの名前以外、何も知らないのだから。
「だから今の時代、配信やゲーム実況じゃもう上が多すぎてのしあがるのは厳しいから戦略的にこれから伸びそうな都市伝説をやっているのよ。ほら不景気になるとオカルトブームが来るじゃない」
「へー、絵美ってハクシキなんだね」
言い方を変えてきた。
慣れない言葉のせいかシブヤの国籍がどうとかにかかわらず、片言に聞こえる。シブヤは、ああ言ってくれたけど、さっきのも全部、佑二の受け売りだ。正直、シブヤほどまでとはいかなくても、私もそういうSNS関連に詳しくない。
今ここにいる若い男女の半数が何かしらのインフルエンサーだとしても、私には判別できないだろう。
佑二ならわかるだろうか。
彼氏の佑二は、大学生活を送る傍ら、動画配信者をやっていた。佑二は彼女目線という贔屓目を抜きに見ても、かなり整った顔立ちをしている。だから、彼女としては心配であるが、すぐにファンもつくだろう。
そう思っていたのだけれど。
ファッション、ゲーム実況、料理...色々と試してみたけど、どれも思っていた以上に伸びなかった。そこそこ名の知れた女性配信者とコラボした時に話題になった程度だ。そんな彼が掴んだ蜘蛛の糸、それが【幽二@都市伝説チャンネル】として都市伝説を解説したり、検証するという今のスタイルだった。
何度目かの方向転換がついに功を制したのか、今までよりはたしかに、伸びるスピードは早かった。
だから、私もできる限り彼の力になりたい。
私にとって佑二はやっと掴んだ幸せそのものだったから。
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