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「で、なーんで絵美ちゃんもついて来ちゃうかな、俺週末バーで報告するって言ったじゃん」
調査を始めた翌日。
小雨が降り頻る中、傘を差した私と、傘も差さずにフードで乗り切ろうとしているシブヤはマンホールを眺めていた。
「もしかして、俺のこと好き?」
「馬鹿言わないで」
マンホールの上でしゃがみこみ、ニヤッと笑って見上げてくるシブヤからサッと傘を上げる。辛うじて濡れないように入れてあげていたが、そんな気遣いもいらなそうだ。
「こういうのは1人で探すより2人でやった方が早く終わるでしょ」
「アマゾンじゃねえんだからさ、渋谷でワニ探しじゃ、人が何人いても変わんないぜ多分、そもそも本当にいるかすらわかんねえんだから」
はー、とシブヤは溜め息を吐く。
「いいから、で、この下にワニはいるの?いないの?」
私はハイヒールの踵でコン、コンとマンホールの蓋を踏む。
「そんなんで見つかったら苦労しないっての」
やっぱ絵美ちゃん巻いてくればよかったなー、
怠そうに言ってシブヤはよろよろと立ち上がる。立ち上がると、傘が押し上げられそうなくらい背が高い。
「ねえ、本当にここで合ってるの?写真の場所」
「合ってる。確かにここだ。俺に渋谷でわからない場所はないぜ、何?それとも信じたくねえの」
そういうわけじゃないわよ、シブヤのあの綺麗な瞳に見据えられて私は目を逸らす。
調査を始めるにあたってもちろん、最初はワニ発見現場を探すことになった。
というのも、第一発見者にもかかわらず佑二は、すごく酔っていたらしく渋谷のどっかの道ということしか覚えていなかったから。
しかし、シブヤは
「ああ、場所なら分かってるから」
そう言うと、見知った道でも歩くようにスルスルとここへ向かったのだった。
酒屋とコンビニの間の道を抜けた先にあるここは、昼間に見るとまた違って見えるが、たしかにあの場所らしかった。
「道玄坂地蔵尊、ね」
私は目の前に鎮座する地蔵を見上げる。見えなくなっていたワニの上半身、曲がり角の先にはしっかりした祠があった。傘の先から少し見えた地蔵の顔にギョッとする。
地蔵の唇は、一瞬何かの間違いかと思うくらい赤く塗られていた。
「唇、なんでこんなに赤いんだろう、気味悪い」
「うん、絵美みたいだ」
はあ!?
私はハイヒールの先で、シブヤを蹴飛ばす。
「あー、間違えた、絵美の方が数倍も可愛い、唇赤いの好きだから見惚れてた」
「地蔵と一緒にされたくないし、コンプレックスなんだから、やめてよ」
邪気なくそう言うシブヤに心底辟易しつつ、私はサッと口元を触る。コロナ禍になったことでの唯一の良い影響は街中がマスクをする人々だらけになったことだ。
「じゃ、ここにはワニいないみたいなんで、さっさと他当たるか」
シブヤはぐぐっとその大きな身体で伸びをした。曝け出した手首の皮膚に雨粒が付くのもお構いなしに。
「当て、でもあんの?」
私が尋ねると、シブヤはニヤッと笑った。シルバーのピアスのリングが光る、艶かしくて凶悪な口元。
「あるさ」
ブーツの爪先でトン、とマンホールを突いた。
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