側妃候補からの手紙

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側妃候補からの手紙

『レオン陛下の側妃候補に、バレンシア公爵家のアリシア嬢が内定致しました』  今朝方、王妃の間に届いた書簡を読み、ひとつ大きなため息をつく。  レオン陛下の想いは、アリシア嬢に無事伝わったようだ。  元々、二人は愛し合っていたのだ。  私と言う悪の根源が婚約者の座を奪うまでは、アリシア様は陛下の婚約者筆頭だった。本来あるべき関係に二人は戻るだけ。  陛下とアリシア様が結婚したあかつきには、地方の避暑地にでも引っ込み、悠々自的な隠居生活を送れる事だろう。  きっと楽しい生活が待っている。  そのためには、陛下に恩を売りまくっておく必要がある。今のところ、レオ様ことレオン陛下から侍女ティナへは、お役御免のお達しは来ていない。  彼にとって、侍女ティナはまだまだ需要があるということだ。  アリシア様との結婚を考えるのであれば、障害になり得る王妃の存在は無視出来ない。次は、恋愛指南ではなく、王妃の動向を監視する役を言い渡されるだろう。  それを逆手に取り、王妃がいかにアリシア様との結婚を応援しているのか、結婚後は出しゃばらず、隠居する考えだと訴えれば、酷い扱いは受けないと思う。  自身の身の安全のためにも、こちら側は陛下の思惑通り協力した方がいい。 『トントン』 「ティアナ様、失礼致します」  今後の事を思案していた私の元へ、青い封筒を持ったルアンナが訪れた。 「ティアナ様。この度の陛下とアリシア様との婚約、お心を痛めておいでではございませんか?」 「いいえ、まったく」 「そうでございましょう。陛下の仕打ち酷過ぎます。ティアナ様を蔑ろにした挙句、側妃まで娶るなんて、さぞかしお心を痛めておいで……」 「ルアンナ!だから、全く気にしていないってば」 「わたくし、ティアナ様が不憫で不憫で……って、気にしていらっしゃらないのですか⁈」 「えぇ。だって、結婚当日から相手にされていなければ、どんな女性だって察するわよ。他にお相手がいたのねぇって。陛下もやっと愛する女性と結ばれて、喜ばしい事だわ。これでやっと、王妃なんていう面倒臭い役割からも解放されて万々歳よ」 「ティアナ様、そんなぁぁぁぁ。悔しくはないのですか?」 「悔しくはないわね。そんな気持ちが芽生えるほど純粋だった頃の私はもういないわ。あとは、今後の身の振り方を考えるだけよ」 「ティアナ様が、そうお考えであるなら私は何も申しません。ただ、私は最後までティアナ様について行きますからね。私は、王妃様付きの侍女ではなく、ティアナ様の侍女だと思っておりますので」 「ありがとう、ルアンナ」  今後の事を考えると、私付きの侍女の身の振り方も一緒に考えなくてはね。  まだまだ若い彼女達を私の隠居生活の犠牲にする訳にはいかないから。 「では、こちらをどうぞ」 「あら? 依頼の手紙ね」  手渡されたブルーの封筒は、紛れもなく侍女ティナへの依頼の手紙だった。ただ、開封もされていない上、この手紙だけ別に持って来たという事は、この手紙には何かあると言う事だ。 「アリシア・バレンシア……」 「はい。騙りでなければ、側妃候補様からの依頼の手紙です」  このタイミングでのアリシア様からの手紙など、面倒事の匂いがプンプンする。 「これ開封しなきゃダメかしら?」 「そうでございますね。何しろ、側妃候補様からの手紙ですから」 「そうよねぇ。ルアンナ、開けて……」 「わたくしは、開けませんよ。敵からの手紙は、大将である王妃様自ら開けませんと」 「だから、アリシア様は敵ではないから!」  ちょっぴり好戦的になっているルアンナに苦笑しつつ、手紙を開封した。 ♢ 『突然のお手紙失礼致します。アリシア・バレンシアと申します。もうご存知かと思いますが、この度レオン陛下の側妃候補に内定した令嬢です。不躾なお願いでは有りますが、側妃候補に関して相談に乗って頂きたい事があります。お時間を頂く事は出来ないでしょうか?』  美しい文字で書かれた手紙を眺め、頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。  侍女ティナに手紙を送ってくるという事は、アリシア様は恋の悩みを抱えているという事だ。  アリシア様が側妃候補になったという事は、彼女が陛下の想いを受け入れたのだと認識していたが、違うのだろうか?  アリシア様は、陛下との婚約を望んでいない?  そんな、まさかねぇ。 「ねぇ、ルアンナ。今回の側妃候補内定の件、バレンシア公爵家はどう考えているのかしら?諸手を挙げて喜んでいると思う?」 「そうですねぇ。憶測に過ぎませんが、バレンシア公爵家にとっては、メリットが大きいのでは有りませんか。もう一つの公爵家メイシン家の嫡男タッカー様と、バレンシア公爵家のルドラ様は、次期宰相候補として何かと比べられる事が多いと思いますが、今の段階ではメイシン公爵家のタッカー様の方が有力と見なされています。能力的には、ルドラ様の方が上ですが、メイシン家は王家との繋がりが強いですから」  確かに、メイシン公爵家と王家の繋がりは強い。何しろ、レオン陛下の亡くなった母君はメイシン公爵家出身であるし、過去には王族が降嫁した例もある。かなり古参の貴族家であるが故に、王家との繋がりも深く、要職に就いている親族も多い。  一方、バレンシア公爵家は公爵家としての歴史はまだまだ浅く、当主が宰相を務めてはいるがメイシン家と比べると、政での発言は弱い。確か、王家との血縁はなかった筈だ。  アリシア様が側妃となるメリットはバレンシア家にとってはかなり大きい。  メイシン家に娘がいない時点で、現段階でアリシア様のライバルとなる令嬢はいない。側妃となり、次代の王を身篭り国母となれば、バレンシア公爵家は絶大な権力を握る事が出来る。  レオン陛下の想い入れの深さを考えれば、彼女以外に側妃を娶る事は今後ないと考えられる。  側妃となるのに何の問題もないと思うが、なぜアリシア様は、手紙など寄越したのだろう? 「バレンシア公爵家の立ち位置を考えれば、アリシア様の側妃内定は願ったり叶ったりよね。じゃあ、なぜ手紙なんて寄越したのかしら?」 「さぁ?」  王妃の存在を脅威に感じている?  そんな訳ないわね。今のルザンヌ侯爵家に力はない。王妃は、お飾りと言われ後ろ盾となる貴族家がいる訳でもない。敵にもならない存在を気にしているとも思えない。  では、なぜアリシア様は手紙を寄越したのか?  一つの解答が、脳裏に浮かび苦い想いが心に巣食う。 『アリシア様は、陛下との結婚を望んでいない』 「アリシア様と会わないとダメね」 「わかりました。至急セッティング致します」  陛下の想いは、どうやら愛する人には伝わっていないようです……  彼の想いがアリシア様に届けば良いと思う。  本気で、協力もしようと思っている。   ただ、心の奥底に仕舞い込んだはずの幼い頃の想いが溢れ出しそうで、辛い。
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