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侍女ティナ
「ティアナ様!! この手紙の山、いったいどうするおつもりですか!?」
王妃の間に響き渡った侍女頭ルアンナの怒声に、必死に手紙の仕分けをしていた王妃付き侍女達の肩が震え、バンっという音と共に、大きなテーブルの上に積み上げられた手紙の塔が崩れ落ちた。
「聞いておられますか!? ティアナ様!」
「まぁまぁ、落ち着いてルアンナ。今の私はティアナではなくて、見習い侍女ティナでしょ」
「はぁぁ、そんな事はどうでも良いのです。貴方様がティアナ様だろうと見習い侍女ティナだろうとこの国を統べる王妃様である事に変わりは有りません」
「そんな事、思ってくれるのは、ルアンナと私付きの侍女の皆さんだけよ。感謝しているわ。ありがとう」
「「ティアナ様……」」
「……ティアナ様! そ、そのような誤魔化しは通用しませんよ!!」
お目々ウルウルで、歓喜の声を上げる侍女の皆さんとは違い、古い付き合いのルアンナには流石に、この手は通用しない。
いつものお小言から、逃げられると思ったが無理だったようだ。
「だいたい、ティアナ様はいつまでこのようなお遊びをお続けになられるおつもりですか?王妃様が、侍女見習いに変装して、下働き紛いの事をしているなど知られたら、それこそ王妃様の威信に関わります」
「王妃の威信ったって、そんな物とうの昔に消滅しているわよ。ルアンナだって知っているでしょ?私が、お飾り王妃と呼ばれているのは」
「うっ! お、お飾り王妃だなんて、そんな……
ティアナ様は、そんな存在ではありません!! 可憐な容姿に、︎ 慎ましやかな人となり、それだけではなくお優しく、聡明でもいらっしゃる。決して、お飾り王妃などと呼ばれる存在ではございません」
ワァァァっと泣き出したルアンナに釣られたのか、周りの侍女達まで泣き出してしまう。
参ったなぁ……
こうなっては、私の負けは確定なのだ。
「あぁぁぁ、ごめんなさい。貴方達を泣かせるつもりはなかったのよ」
「では、見習い侍女は辞めて……」
「それは、出来ないわ! だって、アレは私の生き甲斐だもの」
「しかし……」
「ごめんなさい、ルアンナ。これだけは、貴方の頼みでも聞けないわ。やっと、人形のような生活から抜け出せたの。だから、お願い。私の生き甲斐を奪わないで」
生きたいように生きる。
そう決めてから、一年が過ぎようとしていた。
「ティアナ様! わかりました。出来るだけ協力は致します。ただ、この手紙の山はどうするおつもりですか? ティアナ様に渡す前に選別はしていますが、それでも数十通は軽く残ります。コレを全て捌く事など時間的に無理ですし」
「そうね。最近は、かなり公務を減らしているとは言え、王妃として参加しなければならない行事もあるし。ただ、皆さんの悩みは切実なのよ。出来るだけ成就させてあげたいと思うじゃない。それに、男女の仲は様々な情報をもたらしてくれるしね。後ろ盾が弱い私にとっては、些細な情報も大切な武器になるの」
一年前、自由に生きると決めてからまず憂慮したのは自身の立場の危うさだった。
お飾り王妃と呼ばれている現状、近い将来、陛下には側妃が出来ると見て間違いない。
側妃となる令嬢が、人間として出来た人であれば目立たず、波風を立てず静かに生きれば良いが、野心盛り盛りの令嬢だったらどうだろうか?
間違いなく私は側妃に消される事となる。
ただ悲しい事に、私が消されても誰も何も思わない。内密に抹殺されたら、気づかれる事すらないかもしれない。あるいは、冤罪をふっかけられ、言われなき罪で処刑される可能性すらある。
意にそぐわぬ結婚を強いられた陛下などは、率先して刃を振り下ろしそうな気すらする。
私は、早急に身を守る手段を得る必要があった。
不遇の毎日の中、全てに忘れ去られた状況化で、なんと取得したスキルがあった。
いない存在、空気のような存在だった私を気にとめる者は誰もいない。裏を返せば、誰も私の存在に気づかない。その結果、玉座に背を向け話し込む貴族達。
暇を持て余した私は、少し離れたところで話し込む彼らの話を盗み聞くのが、楽しみになっていた。
貴族家の経済状況から政治的な話、果ては不倫だの駆け落ちだのゴシップ的な情報に至るまで、ありとあらゆる情報が飛び交う社交界。いつの間にか、あの場の誰よりも情報通になっていた。
そして、得られた読唇術と地獄耳。
数メートル先の会話なら余裕で話の内容は聞き取れるし、口元さえ見えれば数十メートル先であろうと会話の内容はわかった。
『時として、情報は剣より強し』
何かの兵法の言葉だっただろうか?
今までに得られた情報とこのスキルを使わない手はなかった。そして考えたのが、いかに効率良く情報を得るかだった。
昔も今も男女の仲は、有益な情報の宝庫である。いかに、優秀な者であろうと、恋に陥れば愚かにもなる。周りが見えず有益な情報を漏らす事だってあるだろう。
私の今後の身の振り方が決まった。
存在を忘れられている王妃の間を拠点に、恋愛相談を請け合うのはどうだろうか?と。
一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、徐々に増える依頼。
王妃の間が配置された区域で働くのは圧倒的に女性が多い。一方で、政治の中枢である王の間で働くのは男性がほとんどであった。それも、高位貴族出のエリートばかりである。
目と鼻の先にある男の園目当ての貴族令嬢が、わんさか王妃の間の区域では働いている。
そんな中、囁かれ出した噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
まことしやかに囁かれる噂の影響か、日に日に王妃の間に届けられる手紙の数は増えていく。
そして、私にもたらされる有益な情報も日々増えていった。
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