髪の毛の告白

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「おはようー」  重い身体を引きずるようにして、私は教室に入った。  教壇のところで、仲間と談笑していた阿形が、私を二度見する。 「なんだほずみその髪型」 「あー」  適当に相槌を打ち、私は窓際一番後ろの自分の席へふらふらと歩む。  椅子に座ると、脱力して突っ伏した。 「ほずみ」  阿形の声があたまから降ってくる。 「んー」 「髪、ぐしゃぐしゃ」 「昨日、部活で50m10本走ったら疲れちゃって。髪洗ったんだけど乾かないままに寝ちゃった」 「せっかくの綺麗な髪なのに。櫛持ってるか?」 「ブラシなら」 「どこ」 「鞄」  阿形は女子の鞄を漁ることなど躊躇せず、私の学生鞄からそれを取り出した。  机に伏したままの私の髪を、丁寧に梳いていく。 「……手慣れている。全然痛くない」 「そりゃそうだ。毎晩妹の髪とかしてやってるから」 「彼女じゃなくて?」 「彼女じゃなくて」  バスケ部エース花形の阿形はモテる。  男バスの練習を見ようと、女子のギャラリーがいつも群れている。  体育館からの、そのキャイキャイしたレモン色の声は、私の陸上部練習の校庭にも聞こえてくるのだ。  ……今の科白、ちょっと詮索を入れてみた。  彼女、いるのか少し突っ込んでみたんだけど、その返しはいるともいないとも、どちらとも取れない。  阿形とは去年、1年生の時に同じクラスになり、そこから男女の域を超えた友情を育んだ。  キラキラの阿形と、モサモサの私。どう見ても釣り合いが取れない。  だから周りの女子も、私が阿形と一緒にいてもヤキモチを妬くに至らない。  それは嬉しくもあり、哀しくもあり……。  何のお咎めもなしに、阿形の傍にいられる。  そして周りは私なんぞ、女の子として、阿形の目に留まるはずもないと思っている。  ……フクザツ。  何故ってそれは、私も密かに阿形のことが好きだったから。  好き、だなんて言えないよなー。  この適度な距離、保っていられなくなる。  髪の毛を梳かしてくれるような間柄。それはそれで心地よい。 「あ、思われ結びがある」  ふと彼は手を止めた。 「思われ……?」 「髪の毛の一本が、玉結びになってんの。これって誰かに思われてる証拠なんだってさ」 「ふーん。誰に思われてんだか」 「俺だよ」
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