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ミナトは美術室の鍵を閉めると、外の廊下の方からは見えない角度で制服を脱いでいった。
人前で裸になることくらい、どうってことはないと思った。
小学生までは友達と素っ裸で海を泳いでいたことだってあるし、
銭湯に行くと同級生の誰かしらに会うから、裸は人に何度も見られている。
だからカイリの前で服を脱ぐことだって、それほど抵抗は感じない——はずだった。
「……ミナト、綺麗だね」
裸のミナトを見たカイリが、ぽつりと呟くように言ったため、ミナトは急に恥ずかしい気持ちになってしまった。
それからデッサンに入った後も、カイリが真剣な表情で身体のパーツ一つ一つを凝視してくるため、ミナトはどうにもいたたまれなくなった。
ああ、今俺の胸元を描いてるんだな——
カイリの鋭い視線が向けられる先を見れば、ミナトの身体のどこを仕上げているところなのか、キャンバスを覗かずとも分かる。
それがなんだかたまらなく恥ずかしく思え、羞恥心に耐えながらポーズを取り続けた。
それでも、カイリが自分を描くために一生懸命になっているのだと思うと、自分もそれに応えたい一心でモデルを続け——今に至る。
「なーカイリ。お前、夏休みの『アレ』行くよなぁ?」
今日は一学期最後の登校日。
終業式の後、この日は部活もない生徒たちは皆明日からのバケーションに向けて颯爽と帰宅の途についた。
そんな中で、いつもと変わらず美術室に籠る少年ふたり。
「……行かないよ」
カイリは筆を手にしたまま答えた。
「えー!?なんでっ!」
思わずポーズを崩し、前のめりで尋ねるミナト。
「『凪の森』での肝試しなんて、クラスの皆とじゃなきゃ絶対できない経験だぜ!?
あそこ、一人や二人だけで行くんじゃ怖すぎるもん!」
——新作島には、こんな言い伝えがある。
『凪の森に近づいてはいけない。
奥の社には「ナギ」と呼ばれるこの世ならざる者が棲んでおり、森に踏み込んだ者を祟り殺す』
凪の森というのは、新作島に唯一ある森林地帯のことだ。
そこは「出る」という噂が昔からあり、森に近づく島民はほとんどいない。
だが中学生のミナトたちにとって、幽霊という存在は恐怖よりも好奇心をそそられる対象だった。
小さな離島という娯楽に飢えた環境では、「肝試し」というイベントは一大エンターテイメントに匹敵する魅力がある。
それに何十年もの間、誰かが森に入って呪われたといった話は一度も聞いたことがなく、社を見つけたという話も一切ないため
森に社があることも、そこにこの世のものではない『ナギ』なる女が棲むということも誰一人信じていなかった。
ただ凪の森にまつわる伝説が、島唯一の神社に納められる文献に残っていると言うだけで、その伝説自体がおとぎ話なのではないかと皆が考えていた。
それでも明かりのない夜の森というものは雰囲気があるため
男子が勇気のある姿を見せたり、女子が怖がっている姿を見せたりして
日常とのギャップを演出するにはもってこいの舞台となる——
トモヤたちいつメンは、中学最後の夏にクラスの皆で楽しめるイベントとして
この「凪の森での肝試し」を企画し、クラスメイトたちに日取りを周知していたのだった。
「——俺、トモヤに『肝試しで好きな女に告白するつもりでいるから協力しろ』って言われてるから、もはや強制参加なんだよねぇ……」
ミナトは憂鬱そうにため息を吐き出した。
「しかもコクる相手ってのが、あの夏野七海!
……あーもう、やってらんねえよ!
俺、トモヤよりずっと前からナナミのことが好きだったのに!
なんでトモヤがナナミにコクる手伝いをしなきゃならないんだよぉ……」
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