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「な……!」
ミナトは咄嗟にナナミの腕を掴むと、
「やめて!」
と大声で懇願していた。
「それ、大事なものだから!」
「……」
ナナミはミナトが止めるのも聞かず、腕を強引に引き離すと、
半分に破かれた絵をさらに等分するように破ってしまった。
「あ……。ああ……」
カイリが描いてくれた絵が——
カイリとの思い出が破かれてしまった。
ミナトは、ナナミの手の中でぐしゃぐしゃに丸められた紙を見つめて絶望した。
——カイリがミナトを描いた絵を、ミナトは三年間大事に保管していた。
親も出入りする自室に堂々と飾るにはあまりにセンシティブな絵だったが、
それでもカイリが自分を想って描いた絵だと思うと、この絵の中にもカイリの魂の一部が宿っているように思え、大事に残しておこうと心に決めていた。
机の、一番よく使う引き出しの中にしまっておき、暇さえあれば眺めた絵。
自分の裸の絵を眺め続けるなんて、側から見れば変な奴だと思われるかもしれないが、
もはや自分の持っているものの中でカイリの生きていた証であるのはこれ一つだけであったため、大事な形見だった。
それをナナミの手によって破かれてしまい、ミナトは絶望の中で尋ねた。
「なんで……こんなことを……?」
するとナナミは、力無く床に膝をついているミナトを冷めた目で見下ろした。
「『まだ』こんなものを持ってたんだね、ミナト」
「……え?」
「私と付き合って結構経つよね。
婚約までしてるのに——なんでこれを未だに保管してたの?」
どういうことだ?
ナナミは、俺がこの絵を持っていることを前から知っていたのか?
「……ナナミ、前に俺の家に来た時、勝手に机の引き出しを開けたのか……?」
「今まではそんなこと、してないよ。
さっき荷物を運んでいたら、机にぶつかっちゃって引き出しが少し開いたの。
引き出しを戻そうとした時に、この絵が目に入った」
「でもナナミの口から、『まだ持ってたんだ』って……」
「ああ」
ナナミはふうと息を吐き出すと、ベッドに腰掛けて言った。
「この絵を見たのは初めてだけど、いつ誰が描いたのかは知ってる。
——カイリでしょ。この絵の作者」
それを聞いたミナトは、背筋に冷たい汗が滴るのを感じた。
いつ、誰がこの絵を描いたのか知ってるってことは……
まさか……
「私、偶然見ちゃったの。
放課後の美術室。カイリがミナトを裸にして、絵を描いてるところ」
——見られていた。
ミナトは、自分の恥ずかしい姿を元クラスメイトで現婚約者に見られていたことに強い羞恥を覚えた。
自分の裸の姿は、もう何度もセックスしているナナミの目には嫌というほど焼き付いているはずだが、
学校で、同級生の前で裸になって絵を描いてもらう姿を目撃されていたことを思うと
それとは比べ物にならないほどの恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
しかし今は、羞恥心に支配される時ではない。
ミナトは顔を上げ、恐る恐る尋ねた。
「……確かにそれはカイリに描いてもらった絵だよ。
カイリが俺にプレゼントしてくれて、三年間大事にしまってきた絵だ。
……なんでナナミは、俺に何も聞く前から
その大事な絵を破るなんてことができるんだよ……?」
するとナナミは、ふぅっと短く息を吐くと、ぐしゃぐしゃに丸められた紙の残骸を床に落として言った。
「——ミナトが悪いんだよ。
ミナトがいつまでも過去に執着するから」
ナナミはそう言うと、続けてこうも告げた。
「私ね……。ミナトが間違った道に進まないよう、ずっと導いて来たんだよ?」
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