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「導いた……?」
ミナトが唖然とした表情を浮かべると、ナナミはゆったりとした口調で話し始めた。
「私ね……ママ一人の手で育てられて来たの。
ミナトも、私が母子家庭だってことは知ってるでしょ?」
「あ、ああ……。
お父さんは、ナナミが小学校に入るより前に、海の事故で亡くなったんだよな?」
「あれ、嘘なの。
対外的にはそういうことにしてるけれど、うちのパパ、今も日本のどこかで生きてる」
「え……!?」
ミナトが驚愕すると、ナナミは低い声で、吐き出すような調子でこう言った。
「パパ、私とママを捨てたの。
愛人と本土で暮らすために。
——よそで『彼氏』を作って逃げたんだよ」
ナナミはこう話を続けた。
ナナミの父親は、仕事の関係で本土によく出張していた。
時には泊まりになることもあり、その間ナナミの母親は、まだ小さいナナミの世話を一人でしていた。
だがある時、父親が仕事で出会った本土に住む男と関係を持っていることが明るみとなった。
父親は、本当は男が好きだったが、狭い新作島の中でそれが知られたら生きていけなくなると思い隠していたこと。
母親から強いアプローチを受け、自身の性的嗜好を隠すためにそのまま結婚まで至ったこと。
ナナミが産まれ、家族のために稼がなければという自覚を持ったものの、
取引先で知り合った男と恋に落ちてしまったこと。
洗いざらいを話し、謝罪した父親を、母親が許すことはなかった。
だが、夫が男と不倫して離婚したという噂が島に広まれば
母親も格好のネタにされ、さらにはナナミが将来同級生たちに揶揄われる原因にもなりかねないと考えた母親は
父親が海に流されて死んだことにすると言い、代わりに破格の慰謝料をせしめて父親を島から追い出したのだった。
こうして『未亡人』という形でナナミのことを一人で育て上げた母親は、
ナナミが中学生になり、物心のついた時に本当の経緯を話して聞かせた。
それを聞いたナナミは、自分と母を捨てた父親に憎悪すると同時に
男が男を好きになるという性的嗜好に対しても激しい嫌悪を感じたのだった。
「……美術室の小窓から中を覗いた時、カイリが頬を赤らめながら筆を動かしている姿が見えて、心底気持ち悪いと思った。
そんな気持ちの悪い行為に付き合わされているミナトのことが可哀想だとも思ったよ」
ナナミが言うと、ミナトは少し間を置いて、頭の中を整理しながら返した。
「……ナナミのお父さんがしたことは最低だと思う。
ナナミがお父さんを恨むのは真っ当な感性だし、ナナミを一人で育てたお母さんのことは本当に尊敬するよ。
——でも、カイリは何も悪いことはしてないだろ」
「してるよ。だって男が男を好きになるなんて気持ち悪いことだから」
ナナミは淡々とした様子で答えた。
「ミナトは違うよね?
クラスでもさ、トモヤたちとグラビア雑誌見て盛り上がったりしてたじゃん。
ミナトが『この子めっちゃ胸デカい!』なんて喜んでるのも、私教室で見てたんだから」
「っ……それは……」
それは確かに言った気がする。
半分は、トモヤたちのノリに合わせて盛り上がってた部分もあるけれど……
その当時ナナミに憧れていたし、異性愛者だったのは事実だ。
「だからカイリがミナトのことを好きで、絵を描かせてくれって無理やり頼み込んだんだろうなあって考えたの。
——つまり、ミナトはただの被害者。
私、ミナトのことを助けてあげたいって思ったんだよ」
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