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——ナナミの宣言通り、ミナトが婚約破棄を申し出たことと、実は同性愛者であったということが、翌日には島中に広がっていた。
両親からは「あんな良い子を振るなんて何を考えているんだ!」と説教され、
仕事へ行くと「お前ホモなんだろ?俺のことは好きになるなよ?」と同僚たちから距離を置かれた。
そしてミナトの噂が流れると同時に、トモヤの噂もあちこちで囁かれた。
トモヤに関する内容も聞くに耐えないような話ばかりだったが、
カイリの話を婉曲して周囲に広めていたナナミの所業を考えると
その噂だってどこまでが本当のことかはわからないな、とミナトは感じた。
だがトモヤが周囲から避けられようと、自分自身が親や同僚から落胆されようとも
今のミナトにはさほどダメージになっていなかった。
ミナトは、ナナミに別れを告げると同時に
この島を出ることを決意していたのだった。
中学を卒業してから、ナナミとの結婚式や新生活のために貯めてきたお金が手元にある。
これを使って、本土で住むところと仕事を探して、そのまま永住してしまおう。
カイリを生贄にすることを決めたクラスメイトたちの顔を二度と見なくて済む。
両親を悲しませたくない一心で働いてきたけど、もうこれからは自分のために生きよう。
両親のためでもナナミのためでも、新作島のためでもなく——
俺は生きたいように生きて、いけるところまでいったら、自然に訪れる死を受け入れよう。
ミナトはある日仕事から戻った後、リュックの中に入るだけの私物を詰めた。
夜のうちに本土へ渡るための船を、お金を払って予約しておいた。
そして両親に気づかれないうちに家を出ると、ミナトは一度『凪の森』へ立ち寄ることにした。
「——カイリ。俺、島を出ることにしたよ」
日の沈み切った森の最奥、黒ずんだ血の痕が残る祭壇の前に花を手向け、ミナトは囁いた。
「カイリをここに置いていくのは申し訳ないって思う。
俺、死にきれなかったヘタレだけど、今からでも自分のやりたいことをやって生き抜いてから死ぬことに決めたんだ。
サッカー……は、もう三年もブランクがあるし、あの頃より熱が冷めちゃったけれど……
本土に渡って、新しい夢を見つけて——
島では叶えられなかったことを叶えてから死のうと思う。
——島を出てからもカイリのことだけは忘れないよ。
ずっと忘れない……」
ミナトは立ち上がると、予約していた船に乗るため森を出ようとした。
森の出口近くまで歩いてきた時、ふいに肩の辺りに冷たい風が通る感触がした。
思わずぶるりと身体が震え、風の通ってきた方を振り向くと——
居た。
一人の女が宙に浮いていた。
「……っ!」
ナギだ——
ミナトは三年ぶりにナギを視覚に捉え、恐怖と興奮が同時に溢れてくるのを感じた。
「ナギ……!!」
ミナトはありったけの声で叫んだ。
「カイリを食ったんだろ?
——俺のことも食えばいい!
お前の腹の中で一人きりになってるカイリの所に俺も行かせてくれよ!さあ!!」
ミナトは両手を広げ、ナギが襲ってくるのを待った。
だがナギはその場から動かなかった。
なんでだよ。
前は俺らのことを祟り殺そうとしたくせに。
なんで今度は何もして来ないんだよ!
「なぁ……!!」
ミナトは叫んだが、ナギは何を口にすることもなく、やがてその姿は徐々にぼやけていった。
すぅっと闇の中に溶けるように消えていったナギを、ミナトは暫くの間、また現れてくれないかと待っていたが、それからはもうナギは現れなかった。
そして船の出る時間もぎりぎりに迫っていることに気づいたミナトは、
唇を噛み締めた後、凪の森を背に走り出した。
この島も、この島の住民達も、ナギも大嫌いだ!
こんな島、もう二度と戻ったりしない——
船に乗り込み、遠くなっていく新作島の輪郭を眺めながら、
ミナトはこれから始める未知の世界に足を踏み入れる決意を固めたのだった。
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