25歳

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25歳

ミナトが新作島を出てから、7年の月日が流れた。 ——島を出てから最初の2年ほどは、アルバイトの掛け持ちで食い繋ぐ毎日を送っていた。 中卒で、漁師以外の仕事をしたことのないミナトを社員として働かせてくれるような職場はなかなか見つからず、 身元保証人もいないため、短期で時給の良いアルバイトを見つけると片っ端から応募した。 住むところも食事も贅沢する余裕などない日々。 町を歩いていても見知った顔は一人もおらず、バイト仲間から遊びに誘われても金を理由に断るほかなかった。 同じ日本のはずなのに、どこか異国にでもいるのかという感覚になる。 テレビでは日々、購買意欲を煽るような新商品のCMが流れ、道行く人は高そうなスーツを着ていたり、最新型のスマホやイヤホンを身に付けていたりと 世の中の人たちは、こんなものを買うお金の余裕をどうやって作っているのだろうと疑問しか湧いて来ない。 新作島が貧乏であることはなんとなく知っていたが、ミナトが3年間漁師の仕事で貯めたお金など本土では住居や光熱費だけであっという間に溶けてしまった。 学校に行くお金なんて当然ないが、せめて同世代並みの教養を身に付けたいと思ったミナトは、本土に移り住んだ翌年あたりから図書館に通うようになった。 バイトを入れられなかった時間は図書館に行き、世の中の仕組み、名作と言われる文学などジャンルを絞らず片っ端から読み漁った。 夕方以降に図書館に行くと、受験勉強をしに来たらしい高校生の姿をよく目にした。 自分は着ることのできなかった高校生の制服姿が眩しく思え、 きっと彼らが開いている参考書の内容は自分が何一つ理解できないような高度なことが書かれているのだろうと絶望もした。 それでもミナトはめげることなく目の前の仕事へ真摯に取り組み、 そのうち一つのバイト先から正社員登用の話をもらってバイトの掛け持ち生活を卒業した。 中卒のミナトがもらえる給料は恵まれたものではなかったが、週休2日で休める日ができたため、心身に余裕のある暮らしを送れるようにはなった。 そうして島を出てから、日々を懸命に生きるうち、あっという間に7年が過ぎた頃—— ミナトは、いつも通っている本棚付近の壁に見慣れないポスターが貼り出されているのを見かけた。 「……現代を生きる若手画家たちの展示会……?」 「あ、早速そのポスター見てくれてるんですね!」 ミナトがポスターの文字を追っていると、後ろから声がかかった。 振り向くと、そこに居たのは図書館の司書で、すっかり顔馴染みのスタッフだった。 「それ昨日張り出したばかりなんです。 坂井さん、芸術に興味おありですか?」 坂井さん——図書館の常連であるミナトは、スタッフの間でもすっかり名前を覚えられているらしい。 「えーっと……。 恥ずかしながら、全然知識はないんですけど……」 「知識なんて関係ないです! 芸術って目で見て、心で感じて楽しむものじゃないですか!」 「目で見て、心で感じる……」 ——そういえば、カイリが描く絵、好きだったな。 もしカイリが今も生きていたなら、有名な画家になっていただろうな…… 「しかもこの展示会、若手の作品ばかりが集められてるんですけど なんと稀代の天才とも呼ばれる有名画家も一人参加されていて! 一見の価値ありですよ!!」 「稀代の天才?なんて人ですか?」 「『八雲泉』って方です!」
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