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それから数週間の時が流れた。
あれ以来、八雲泉が家を訪ねてくることはなかった。
考えてみれば、文句を言われると分かっていて、わざわざ出向いてくる方がどうかしている——とミナトは思った。
それか、普段はバイトで家を空けている時間が長いため、不在の時に訪ねて来た可能性もある。
そもそもあのアンケートは展示会の運営の元に渡るものであり、まして脅迫めいた内容が書かれているものを画家本人に共有したとも考えにくい。
きっと、八雲泉にはアンケートの存在自体、伝わることは無かったのだろう——
ミナトはすっかり諦めの気持ちになっていた。
ある日の、深夜残業明けの土曜日。
ミナトは仕事で疲れ切った体を休めるべく
昼過ぎまで布団の中で眠っていた。
13時を過ぎた頃——玄関のチャイムが鳴った。
「……んん……?」
なんだ?宅配便なんて頼んでないけど。
宗教の勧誘だったら、応対めんどくさいし無視するか……
ミナトの住む家賃の安いアパートには、来訪者の顔を映すモニターがないため、ドアを開けるかドアの小窓から覗き見るしか相手を確かめる手段がない。
誰かと会う予定も、荷物が届く予定もないミナトは
どうせろくな来訪者ではないと考え、無視してもう少し寝ることにした。
だが、それからもチャイムはしつこくなり続けた。
——なんだよ。
そんなに俺に相手してほしいのかよ。
ミナトは苛立ちながらも布団から起き上がると、目元をこすりながら玄関へと向かった。
「はい……」
やや不機嫌な声でドアを開けると、目の前に男の姿があった。
昼過ぎの眩しい日光に耐えられず、ミナトは半目で地面を見つめながらドアを開けたため、男と判別できたのは来訪者のズボンと靴を見てのことだった。
その時、自分の頭上から声が響いて来た。
「……八雲泉です」
——え!?
その名を聞き、ミナトは驚いて目を見開いた。
うそ!本当に話をしに来たのか!?
喧嘩を売られると分かっていて!?
ミナトがそう驚愕しながら顔を上げた時——
ミナトは言葉を失っていた。
そこに立っていたのは、存在するはずのない人物だから。
「……ぁ……」
自然と膝がガクガクと震える。
嘘だ。嘘だろ?
これは夢なんだろ……?
「——画家としての芸名は、ね」
男はそう言葉を続けた。
「……嘘、だろ……?」
「嘘じゃないよ」
男は言い切ると、唇の端をそっと上げてみせた。
「久しぶり。ミナト」
「……カイリ……?」
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