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対する自分は、新作島にいた頃から着ているヨレヨレのシャツを身に付け、
栄養の偏った食生活で血色の悪い顔をしている。
会った瞬間こそ、カイリが生きていた驚きと喜びでそんなことはまるで気にならなかったが——
「——座って」
「ありがとう」
ミナトは部屋に一つしかないクッションをカイリに渡すと、カイリは礼を言って腰を下ろした。
「……ミナトからメッセージが届いて驚いた。
もう一生、ミナトと会うことはないだろうなって思ってたから」
「やっぱカイリだったんだ。あの絵を描いたの」
「そうだよ」
「なんで『八雲泉』なんて芸名使ってるんだよ。
俺、てっきり別の奴がカイリの絵を手に入れて、自分名義で発表してるんじゃないかって思って……抗議文送り付けちゃったし」
「はは。あれね。
展示会のアンケートの中に脅迫まがいの文章が投函されてた、って運営から僕の事務所に連絡が来てさ。
アンケートに書いてある住所と名前に見覚えはあるかって聞かれたんだよ」
「……ごめんな。八雲泉がカイリだって分かってたなら、あんな真似しなかった」
「ううん。お陰でミナトとまた繋がることができた。
差出人が『あの絵のモデルより』って書いてあったから、こんなことを書けるのはミナトしかいないって確信したよ」
カイリは唇の端を上げてみせた。
「僕が芸名を使ってる理由だけど……
僕が生きてることを、新作島の人に知られないようにだよ」
ミナトが「なんで」と尋ねると、カイリはこう答えた。
「島の人たちは、僕が生贄としてナギに捧げられたから、祟りを鎮めることができたって今も信じてるはずだ。
だから僕が生きてると知ったら、祟りはまだ続いてると考えて、僕を殺しに来るかもしれない」
「……!」
「だから身の安全を守るために、今はもう『工藤浬』の名は使わなくなったんだ」
カイリがそう言うと、ミナトはがばりと頭を下げた。
「ごめん……!!
俺、カイリのことを助けられなかった。
カイリが生贄に選ばれた時、俺があのクラス会議の場に居たなら、絶対にカイリを生贄になんてさせなかったのに——」
するとカイリは、じっとミナトを見つめて尋ねた。
「……もし、さ。
あの日ミナトがクラス会議に参加していたなら、ミナトは誰を生贄に差し出していた?」
ミナトは「ひゅっ」と息を飲み込んだ。
俺がもしあの場にいたら、誰を生贄にしていた……?
そんなことは考えたくもない。
だって俺の発言一つで、その人を死に追いやっていたかもしれない。
その責任を負って生きていくのは、あまりに苦しすぎる——
ミナトは、ナナミと婚約破棄した7年前のことが頭をよぎった。
『……被害者ぶってる、とか言うけどさあ。
ミナトはあの話し合いの場に出ていなかったから、自分を正当化できるだけでしょ?』
『ミナトだけが意識をなくして、その間に私たちクラスのみんなは誰を犠牲にすべきか真剣に話し合ってた。
誰を選んだって、選ばれなかった残りの全員は一生罪悪感を背負って生きることになったよ!
——そう、ミナト以外はね』
ナナミの言葉が頭の中に反芻する。
そうだ。クラスメイトの中で俺だけが、背負うべき責任を逃れることができた。
カイリを犠牲にしたみんなのことを恨んだけれど、みんなの方がよっぽど苦しい思いをしてきたはず。
「……俺、は……」
「——ミナト。僕はね、ミナトがクラス会議の場に居なくて良かったと思ったよ」
「え……?」
ミナトが不思議そうに顔を上げると、カイリは微笑みを浮かべていた。
「ミナトが『誰かを犠牲にする』って決断をせずに済んだから。
それはミナトが重い十字架を背負わされる行為だし、僕はミナトから誰の名前も聞きたいとは思わない」
「……でも、そのせいでカイリは——」
「いいよ。結果的に、僕はこうして生き延びたんだから」
カイリはそう言うと、改めてミナトと向き合った。
「中3の夏休みのこと——
僕が体験した出来事を、ミナトに伝えるよ」
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