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『そうだ』
ナギが答える。
『今のお前と同じ立場だった』
「——だとしたら、今俺が抱えている感情を、あなたもかつて経験したのでしょうね……」
カイリは顔に影を落とした。
「僕は——島の人達が憎い。
僕を生贄にすることを決めたクラスのみんなも、僕を拘束してここへ運んできた大人たちも、みんな憎い。
こんな感情を持ちたくはないけれど……
どうしても黒い気持ちが生まれてしまう」
カイリが膝を抱えて俯いた。
「ミナト——クラスのみんなが熱や痛みに苦しんでいるのは、あなたが祟っているからなんでしょう?」
『そうだ』
「あなたは生贄を欲してはいないと言ったけれど……、
あなたが僕を見逃してくれたとしても、僕が生きて森を出たら、島の人たちはきっとまた僕を捕まえる。
島の人たちは、祟りを鎮めるには生贄しかないと信じているから——」
『そうだろうな。この島の者達は、そうと思い込むと人の言葉がまるで耳に入らなくなる連中だ』
「だから……クラスのみんなが元気に回復したって、島の人たちは僕の息の根を止めるまで安心しないでしょうね。
……あなたが流行病だと説明しても、誰も信じなかったように」
カイリが言うと、ナギは暫くの沈黙の後、カイリに言った。
『工藤浬——島を出なさい』
「え……!?」
僕が、島を出る……?
『お前がこの島で生きていく道は断たれた。
この島の者達に常識は通用しない。
お前の方も、自身を生贄に指名した級友や、自身を拘束し森に捨てた者達をこの先許すことなどできぬのだろう?
お前はこの島の一切を忘れられる遠い地で暮らしなさい』
……
ナギの言う通りかもしれない……
僕が生きて帰って、クラスメイトたちが元気になれば、一見めでたしだろう。
だけど僕を犠牲にしようとした島の人たちと、僕はこれからどんな思いで接していけばいいのかがわからない。
クラスメイトたちと同じ教室で肩を並べるのも、道で大人たちと挨拶を交わすことも嫌悪することだろう。
僕はきっと、この日負った心の痛みを忘れることはない。
少なくとも、この島で、この島の人たちと接しているうちは決して——
だけど。
「……ミナトと離れ離れになるのは嫌だ……」
島を出て、島のことを忘れて暮らしていけたとしても、ミナトのことを忘れられるとは思えない。
ミナトに二度と会えなくなるのは、辛い——
するとナギは言った。
『坂井湊は、お前とはこれからも友人としての付き合いを続けていくだろう』
「っ、でも、ミナトは僕のことを受け入れてくれて——」
『一時の情に流されただけだ』
分かってる。
すべてを視てきたというナギに指摘されるまでもなく、分かりきっていたことだ。
ちょっとだけ期待してしまったけれど、僕がミナトと付き合えるなんて、やっぱり土台不可能な話だったんだ。
ナギに言われなくたって、どこかで気付いていただろ……?
「……じゃあさ」
カイリはふらりと立ち上がると、ナギを正面に捉えた。
「……僕が死ねば、ミナトの中に僕の存在を刻み込めるよね?」
『死にたいと申すか』
「僕——島を出て、今日のような悪夢を忘れて暮らすことができたとしても、
ミナトのことを忘れることはきっとできない。
それに、ミナトにも僕のことを忘れて欲しくない。
僕と過ごした時間、僕の描いた絵、僕の存在がミナトの中で色褪せていってしまうくらいなら……僕は……」
虚な目でカイリが言うと、ナギは長い間の後、こう返した。
『お前は、罪を背負う覚悟があるか』
「——え?」
『お前にその覚悟があるのならば、生き存えながらも、同時に坂井湊へお前の存在を刻みつける道を示してやろう』
僕に、罪を背負う覚悟?
……それならもうできてる。
僕の中に一度生まれた黒い感情は、きっともう僕から離れることはない。
僕の知らないところで僕を生贄に選んだクラスメイトのことも、
僕を縛り上げて森に置き去った大人達のことも、
僕は生きている限り許そうなんて気持ちには到底なれないだろう。
彼らに復讐しろとナギが言っているのなら、僕は——
カイリは決意を固め、ナギに返した。
「覚悟なら出来ています」
するとナギは、腕をスッと上げ、南の方を指し示した。
『そこの茂みに、眠っている猫がいる。
捕まえてこの祭壇まで運んでくるが良い』
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