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カイリはそう言い、美術室の隅に転がっているボールに視線を向けた。
「前に、中学を卒業してもサッカーを続けたいって言ってたよね?
サッカーの強豪校で仲間と切磋琢磨しながらプレーをしてみたい、って」
——ミナトは小さい頃からサッカーが好きだった。
新作島の小中学校には部活動がないため、生徒たちはめいめいに集まってスポーツをして遊びながら体力作りをするのだが、
中でも男子生徒に人気なのがサッカーだった。
ミナトはその中でも飛び抜けてサッカーが得意だった。
テレビでプロの選手の試合を観て憧れを持ち、皆が帰宅した後も学校のグラウンドで一人サッカーの自主練をしているミナトは
プロにコーチをしてもらいたい、いつか島の外の人とも試合をして、自分がどのくらい通用するレベルなのかを試してみたい——そんな願望を持っていた。
プロになりたいとまでは言わない。
けれど中学を卒業した後も、サッカーを続けたいと思っていた。
とはいえ中学を出ればすぐに働き始める者ばかりであるため、周囲に声をかけてサッカーをするには
休みの揃う人数を集めるのに苦労することは目に見えている。
だからサッカー部のある高校、大学に行けば同じようにサッカーを愛する者同士で気兼ねなく好きなことを続けられるだろうという思いがあった。
「——俺は卒業したら、父さんの漁師の仕事を継ぐから」
長い沈黙の後、ミナトが答えた。
「——ちょっと前に、親と真剣に話したんだよ。
でも親を説得するのに失敗しちゃってさ。
本土の高校を出たところで働き口なんて見つかるわけない、過去に島を出た人が皆戻ってきたのがその証拠だって言われて。
俺がカイリくらい頭が良かったらもっと説得力を持たせられたかもしれないけどさ。
……そもそも進学したい理由が勉強とか就職のためじゃなくて『サッカーを続けたい』じゃん?
そんな理由で一人息子が島から出るのを許可するわけにはいかないって、逆に俺が説得されちゃったとさ!」
「……それでミナトは後悔しない?」
カイリが尋ねると、
「しない、しない!」
と言ってミナトは鞄を手に持った。
「制服も着たし片付けも終わったし、帰ろーぜ!」
「……うん」
二人が自宅までの道を歩いていると、雑木林の方から女の声が漏れ聞こえてきた。
「——んっ!あ……ん」
「ヤッてんじゃね?」
ミナトはにやりと笑いながらカイリに耳打ちした。
どうやら林の中で男女が逢瀬をしているらしく、暗がりの中、木の陰から女の髪が僅かに見えている。
「娯楽のない島だもんなー。
お楽しみといえばあーゆーことしかないんだろうな」
こちらの気配に気付かれないよう、そっと雑木林の横を通過した後、ミナトがふうと息を吐き出しながら言った。
「中学出たら働いて、結婚して子ども作って、子どもにも同じ人生を歩ませて——
この島に生まれた時点で全島民は同じ人生のレールに乗るしかないように出来てるよな」
「ミナトは、みんなと同じレールに乗る人生で良いと思ってる?」
「良い悪いじゃなくて、他に選択肢がないから仕方ないっつーか」
「……」
「あっ、でも!俺と違ってカイリには他の人生を歩む選択肢があるわけだから!」
ミナトは立ち止まり、カイリの方に向き直って言った。
「俺は多分、これからもこの島で暮らして歳をとっていくだけだけど……
カイリが島を出て画家になるって決めてるなら、プロになるのを応援してるぜ!
カイリの絵を見てると、才能あるって分かるもん!」
「……ありがと」
「俺さ、将来自分の子どもができたらカイリが載ってる雑誌の記事とか見せてさ、
『この画家は新作島の出身なんだ。しかも父ちゃんの友達だった男なんだぞ!』
——って自慢する予定!」
そう言ってミナトが笑うと、カイリは少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「……友達『だった』……か」
——夏休みに入ると、ミナトは朝に学校のグラウンドでサッカーの自主練に励み、昼は宿題をこなし、そのあとは夕方までダラダラとゲームをしながら最初の数日を過ごした。
ある時にはクラスの皆で海で遊ぼうと誘われた。
海で遊ぶといっても、四方を海に囲まれた小さな島。
飽きるほど海には入ってきたのだが、ナナミが真っ赤な色のビキニを来て集合場所に現れると
ミナトは内心、誘いに乗って良かったとガッツポーズをした。
その数日後には、クラスの皆で花火をしようという話になった。
派手な打ち上げ花火に皆でキャーキャー騒いだり、誰が一番長く線香花火を灯していられるかという地味な勝負をしたり、ミナトも夢中になって皆と遊んだ。
——ただ海水浴にも花火にもカイリは姿を見せなかったため、ミナトは夏の楽しいイベントの最中であっても、どうにも心から楽しむ気になれなかった。
「——アイツ、高校に進学するんだって?」
さらに数日後、この日は男子生徒ばかりで魚釣りに来ていたのだが、
ミナトの横で釣りをしていたトモヤがいつメン達とカイリについての噂話を始めた。
「付き合いわりーのって、俺らと縁が切れるからどーでもいいと思ってるってことだよな」
「休み時間も一人で勉強しちゃってさ。
いくら島で一番の成績でも、外に出ればあいつレベルなんてごまんといるでしょ」
「どうせ何者にもなれず戻って来るのに無駄な努力ご苦労さんって感じ。
それなのに『俺はお前らとは違う』みたいなオーラをビンビンに出してんの、正直うぜーわ。
——お前も思うよな?湊!」
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