25歳

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——その後、人目につかない道を選んで港まで歩いて来たカイリは、猫の残骸を抱えたまま、暗い海の中へ飛び込んだ。 真っ暗な闇の中で、本土の方から見える明かりだけを頼りに、カイリは必死で両手足を動かした。 途中、猫の残骸を手放し、海の中へ沈めた。 波はいつも以上に荒れており、授業で着衣水泳を習ったことがある程度では、自由に手足を動かすことは難しかった。 今が真夏でなければ、低体温で身体が動かなくなったかもしれない。 カイリは、何度も溺れそうになりながらも必死でもがき、手足を動かし続けた。 こんなところで死んでたまるか。 島の人々のために命を落としてたまるか。 カイリは絶対に生き延びてみせるという一心で海水を蹴り、少しずつ陸へと進んでいった。 船で15分の距離を、実に数時間泳ぎ続け、カイリの体力は限界に近づきつつあった。 まだ岸までは距離があったが、カイリの身体はもう動かせる力を残してはいなかった。 こんなところで諦めたくない。 だけど身体が動かない—— カイリの身体が、海の中へ沈もうとしていた時だった。 「おーい!大丈夫かあ!?」 本土側の港から、一艘の船が近づいてくる。 早朝の漁に出て来た漁師だろうか。 船はカイリのすぐ近くに止まると、ざばりという波音がし、まもなく人が近づいて来た。 「おいっ!兄ちゃん、しっかりしろ!」 その声にカイリがぼんやりと目を開けると、そこには自分を抱き抱える中年男性の姿と、その先には仲間と思われる男がこちらにライトを向ける姿が視界に入った。 「まだ子どもじゃねえか! 今、助けてやるからな!もう少し頑張れよ!」 そう言って力強い泳ぎでカイリの身体を船まで連れて行ってくれる男性。 カイリは急激に緊張がゆるんでいくのを感じ、船にたどり着く前に意識を手放した。 ——カイリは病院のベッドの上で目を覚ました。 カイリを救助した漁師達が救急車を手配し、そのまま入院することとなったらしい。 意識を取り戻したカイリは、医者に名前と住所を聞かれた。 カイリは、まだぼうっとする頭で考えた。 名前と住所を言えば、僕は島に連れ戻されるかもしれない。 それでは命懸けで脱出した意味がなくなってしまう。 もう新作島には戻れない。 島に住んでいる両親を頼ることもできない…… 「……何も、覚えていません……」 ——医者は、その後カイリの身体を検査し、特に目立った異常はないことを確かめたが カイリが何も覚えていないというのは海で溺れたショックのせいではないかと考えた。 夜の海に居たのも、本人は覚えていないと言うが、もしかしたら入水自殺しようとしていたためではないかという推測をし、 そうであれば無理に記憶を取り戻しても再び死を試みる危険があると医者は判断した。 身元を確認できるものを何も持っていなかったカイリは、年齢的に中学生くらい——少なくとも未成年だろうということで孤児院に預けられることとなった。 カイリはそこで再び絵を描いて過ごした。 絵の完成度の高さに驚いた施設の人達がカイリの絵を建物内に飾ったところ、 施設を訪れる人々の目にも留まるようになり、 やがて噂は巡り巡ってカイリの描く絵は少しずつ世の中に認知されるようになった。 カイリの絵は高値で買ってもらえるようになり、カイリは絵を売ったお金を元手に施設を出た。 施設の人に名付けてもらった『八雲泉』という名でアパートを借り、もっとお金が手に入るようになるとアトリエスペースの取れる賃貸へと移った。 そうして、絵を描いて売ったお金だけで生活ができるようになったカイリは 絵描き界隈の知り合いも増えてきたころ、若手の精鋭だけを集めた展示会を開く企画の話をもらい、自分の絵をそこで展示することとなった。 「——そして僕の絵を展示していたあの場所に…… ミナト、君が来てくれたんだよ」
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