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カイリの回想を聞き終えたミナトの瞳からは、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。
カイリが経験した壮絶な体験を思うと、祟りが鎮まった後、新作島で何も知らずにのうのうと生きてきた自分を責めたい気持ちでいっぱいになった。
「……カイリが……何も悪くないカイリがこれだけ苦しんできたのに……俺は——」
ミナトが口元を押さえながら言うと、カイリはかぶりを振った。
「何も悪くない、は違う。
僕は自分の死を偽装するため、一匹の猫を殺した。
ミナトが可愛がっていた猫を、僕の都合で殺したんだ。
——ミナトに僕の存在を刻みつけたいなんてエゴのために手を汚したんだよ」
カイリはそう言うと、ふっと息を吐いた。
「……あれから10年。
記憶に残る新作島の風景は、10年の間に少しずつ薄れていってるのに……
僕がこの手で猫の首を絞め、はらわたを引き摺り出した時の感触だけはずっと身体に染みついたまま。
猫の恨めしそうな表情も、断末魔のような鳴き声も、ずっと脳裏に焼きついて離れない。
——きっと、自分のしたことを一生忘れるなというメッセージなんだと思ってる」
「……カイリ。罪を背負ってるのは俺も同じだよ」
ミナトはそう言うと、カイリを見つめた。
「10年間、何も知らずに生きてきた俺は、カイリに対して酷いことをしたと思ってる。
俺ばかりがカイリに守られて、カイリのために何もできなかった俺は責められるべきだと思ってる」
「……ミナト……」
「でも——俺、カイリのことを忘れたことはないよ。
どんなに時が経っても、カイリのことは絶対に忘れたくなかったから……」
「……良かった」
カイリは呟くように言った。
「僕のこと、覚えていてくれてありがとう」
——当たり前だろ。
カイリのこと、覚えているも何も、忘れたことなんてない。
俺はあの日からずっと、カイリに対して抱いていた自分の気持ちについて
答えを探し続けて来たんだから——
「——好きだ」
「……え」
長い間の後、カイリが声を漏らした。
「なんて——」
「好きだ。俺、カイリのことが好きだ」
カイリは目を瞬かせた後、くすりと笑った。
「冗談……だよね?
だってミナトはナナミを——」
「……確かに10年前はナナミのことが好きだったよ。
っていうか、あのあと婚約もした」
「!」
「だけど……っ!
カイリが生贄に選ばれた理由にナナミが関わっていたことを知って——それで別れた」
ミナトがバツの悪そうな表情で目を背けると、カイリの顔からは笑みが消えていた。
「……そっか。僕のせいで。
それは申し訳ないことをした——」
「違う!そうじゃなくて!」
ミナトは慌てて訂正し、こう続けた。
「そうじゃなくって……。
まあ、ナナミがしていたことを知って幻滅したのは確かにあるけれど……。
幼馴染としても恋人としても長く接して来たナナミより、
カイリのことがずっと頭から離れないのは、単に友人を亡くしたショックがそうさせてるんだと思ってた。
だけどカイリが生贄になるよう仕向けたナナミに怒りが湧いたのは
カイリのことをナナミ以上に思っているからだって気付いた。
ナナミよりも大切で、ずっと好きな存在に気付いたから——俺はナナミとは幸せになれないだろうって自覚した。
……そもそもカイリを見殺しにしてしまったも同義なことをしておいて、幸せになる権利なんてないとも思った」
「……やっぱり僕の存在が、ミナトを苦しめてしまったんだね」
カイリはそう呟くと、唇の端を少し上げた。
「——ミナトに僕のことを刻みつけたいと願っておきながら、
ミナトが長年苦しんできたのを目にしたら……
自分の選択を今更ながら悔やんでしまうね」
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