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245の生
生まれた時から俺は、この世界しか見た事がない。
鳥かごのような鉄格子、シュレッダーで切られた紙の床、ペットボトルに入れられ吊るされる水場。小さな皿の中には黒い丸の食べ物。
外になんか出ることなんか許されなかった。脱走を試みた仲間はすぐに捕まってここに戻ってくる。
ずっとこの場から移動できない。
俺が生まれてすぐに、母と父は、悪魔に捕まってここから出された。その日の夜、初めて俺は一人というのを経験する。暗くて、寒くて、悲しくて叫んでも、いつもの様に駆けつけてくれる両親は居なかった。
後々連れていった奴らが、
『ごめんね、親、死んじゃったんだ。』
と言った。
その時は幼すぎて何も分からなかったが、今なら分かる。
もうこの世界には居ない。
俺は大人になった。悪魔たちは俺によく分からない注射をしたり、色とりどりの飯を食わしてきた。何だか宙に浮いたふわふわした感覚があって、急に苦しくなる。足掻いて叫んで誰も助けてくれない。
あいつらが言う『245番、治験開始します。』この合図で、俺の藻掻くのをじっと見つめてくる。俺が苦しんでるのに、何もしないで、じっと。
いつの間にか俺の名前は他の仲間にも245番と呼ばれ始めた。
名前なんてこの世界では必要ないのに、みんなが大切そうに呼ぶ。存在するがそこに生きる理由はない。
ある時から一緒になった女の子に俺は尋ねた。
「何で生きてんのかな」
彼女は大体決まって、
「私たちを捕まえる方のお仲間さんの健康のため」
と言う。
俺たちには特に関係ないのに、何だかそれを誇りに思っている彼女がよく分からなかった。
あいつらの健康はあいつらが考えればいい。
俺らにそれを押し付けるのはお門違いも甚だしい。
そして彼女が俺よりも先に、悪魔に捕まった。
外に連れていかれる時に
『仕事してくるね』
と、喜んだ笑顔を浮かべていた。
意味がわからない。お人好しすぎる。
彼女に悪魔が言った。
『13番治験始めます』
苦しんで藻掻く叫び声が聞こえる。
俺は耳を塞いで涙目になりながら見つめた。助けてやりたいのに扉が開かない。ただ柵に体をぶつけて転ぶだけだった。
その後、俺も白い翼を身にまとった悪魔に捕まる。
『245番治験開始します』
透明な箱に入れられ、机の上に置かれた。
隣にいる顔も知らない仲間がいう。
『うわわわ、苦しい!辛い!嫌だ!!
ママ!パパ!!ねぇ!俺死んじゃう!!
ママ、パパ……今から、今から、
行くからね!』
痛みに耐えきれなかった彼は、自分の舌を噛みちぎって死んで逝った。
やっと俺の理由を見つけられなかった生が終わる。
悪魔が俺の体に針をさして冷たい何かを入れる。
『ごめんね。今流行りの病気の研究なの』
苦しい。なんとも言えない苦しさ。
目の前が暗くなる。息ができない。声を出そうとしても出ない。ただただ、もがこうとする。のに、体も動かない。
辛くて足を噛みちぎった。血は出るのに死には行けない。
目の前に、ママとパパがいる気がした。彼女も彼もいる。
やっと俺の生きる理由が見えた気がした。
俺、245の生がここで終わった。
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