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みいこの尻尾
角を曲がっていく見覚えのあるしっぽを見つけた。
わたしは慌ててその後を追った。
今でも記憶の中にあるそのしっぽとは少し違っていた。でも、わたしが見間違うはずがない。確かにそのしっぽはよく見慣れたものだったから。
「みいこ!」
わたしはその名を呼んだ。お願いだから出て来て欲しいと願って。
何度も何度も呼んでいると、がさがさと茂みが揺れた。
ゆっくりと現れたその姿に涙が出そうになった。
茶トラの体毛に桃色の可愛い耳。翡翠のような澄んだ緑色の瞳。
――間違いない、みいこだ!
「みいこ、何処行っていたの!?ずっと探していたんだから!」
小さな体躯を抱き上げる。この触り心地が懐かしい。
みいこ――わたしが幼い頃に家で飼っていた猫。おばあちゃんと縁側で日向ぼっこするのが日課で、特に煮干しが大好きだった。
そんなみいこはある日突然何処かに行ってしまったのだ。
貼り紙を作って探したのだが結局見つからず、わたしは大人になってしまった。
ずっとずっと、みいこのことが忘れられないでいた。みいこが好きだったサメのぬいぐるみは部屋に置いたままだ。
丸い背中を撫でていると、みいこが口を開いた。
「ごめんね。みいこはね、ちょっと山に籠っていたんだ」
そう、みいこが言った。
――いやいやいや!
「み、みいこが喋った!?」
驚きのあまりみいこを落としてしまった。
みいこがくるりと綺麗に地面へと着地する。
「久しぶりに会ったのに、ちょっとみいこの扱い雑過ぎない?」
「え、あ、ごめんなさい……?」
みいこからの苦言に思わず謝った。
「そ、それよりも何で話せるの!?」
「そりゃあ、話せるよ。みいこ、猫又だからね」
記憶の中では、みいこのしっぽは一本だったはずだ。けれど、目の前で振られているしっぽは二本に分かれている。
「猫又?」
「簡単に言えば猫の妖怪だね。みいこ、猫又になったの」
えっへんと何処か偉そうにみいこが胸を張る。
――そうそう、獲物を捕らえた時とか、ちょっと得意げになるんだよねー。
なんて、現実逃避をしていると、みいこが足をちょんちょんとつついてきた。
どうやら話を聞いて欲しいらしい。
わたしはその場にしゃがんで、みいこの話に耳を傾ける。
「もうすぐ寿命を迎えるって自分でわかったから、みんなの前からいなくなったの」
みいこはわたしが生まれるよりもずっと前から家で飼われていた。
「猫は死期が近づくといなくなるって言われているからね」
おばあちゃんもそう言っていた。その言葉にわんわん泣いたのを覚えている。
――何で一人になる必要があるの?どうして、何処かに行ってしまったの?
探しても探しても見つからない。ぽっかりと空いた穴は年を取るごとに小さくなったけれど、今も空いたままで。
「静かな山でおやすみしようと思ったの。そしたら、山神様と出会って。『修行を積めば猫又になれる』って聞いて、みいこ頑張ったんだ」
普通なら百年以上かかるらしい。
「でも、どうしてもまた会いたかったから、いっぱいいっぱい頑張ったんだよ」
猫又になってでも、またわたしに会いたい。その一心でみいこはずっとずっと修行をしていたらしい。
わたしは思わずその体を抱き上げる。さらふわとしたその綺麗な体毛に顔を埋めた。
涙が出て来そうだった。
またみいこと会えたこと、みいこがわたしと会うために頑張ってくれたこと、その両方に涙腺が緩んだ。
ずずっと鼻を啜る。
「懐かしいなぁ……こうしてよく吸われたよね」
「……今のは猫吸いじゃないもん」
顔を離して不貞腐れていると、えいっとパンチされた。それも懐かしくて余計に泣きそうになって、わたしはぐしゃぐしゃの顔でえへへっと笑った。
「みいこが好きだったサメのぬいぐるみ、まだ置いてあるんだ。あ、そうだ。煮干しも買って来ないと」
「猫又になったみいこのこと、家に置いてくれるの?」
耳を伏せながら、恐る恐るみいこが訊ねた。
「勿論。どんな姿になろうとも、どんな存在になろうとも、わたしはみいこが好きだよ」
小さなその背を撫でる。
ぱたりとしっぽを一振り。みいこは気持ちよさそうに目を細めて、嬉しそうににゃあと鳴いた。
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