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薫からの地図を頼りに久賀と初めて出会った河原の橋を渡り終え、活気溢れる街並みを通り過ぎると人気のない道へと辿り着いた。もう少し先へ行けば花街がある。その先に行く事はなく、人気のない脇道を通る。樹木が生い茂った場所にひっそりと佇む石階段があり、地図通りに登っていく。あと数段という所で、少し先にある狛犬の前に立つ少女を雪の視界は捉えた。
声をかける前に少女が振り返り、雪を見るとその顔は満面の笑みになっていく。
雪が階段を上り終えると同時に少女――薫は駆け足で近付いてきて、突然雪を抱き締めた。
背丈は小柄の雪よりも高く、胸は大きくその線をなぞる腰は細く、その線を更に辿ればお尻は形が良い大きさだった。つまり、理想的な体系と言える。その顔はきりっとした目つきだった。長い髪を頭上高く結んでいるからか余計目つきが鋭くなっているように見えた。着物は上品そうな赤紅の鹿の子柄を着ており、服装からして育ちの良さが見て取れる。
「すっごく会いたかった! 会いに来てくれるかすっごい不安だったんだから!」
突然抱き締められ、顔に薫の胸が当たった。それはとても柔らかく、同性として同じ胸だとは信じ難い。その胸の厚に息苦しくなり苦し紛れに薫の背中を軽く叩いたのだった。薫と言えば、力強く抱き締めてしまった事に気付いて、「ごめん」と言って離れた。
「あら」
雪をじろじろと不躾に眺めると
「なんで男装してるの?」
「お、男の子です!」
薫は思わず目を丸くして雪を見た。
(私のよみが外れたかな?)
首を傾げて見せた。
雪は男性の服を着てはいるが、顔立ちはどう見ても女の子で、手紙の印象通り自分とは正反対のふんわりとした雰囲気だ。髪型は短髪で男物の地味な色をした着物に下は袴式もんぺだが、その地味さと顔の整い具合が全く噛み合っていなかった。薫にはまるで誰かに態(わざ)と着せられてる感が見えて仕方ない。
「ふーん」
「――!」
薫は雪に顔を近づけた。
近付いたかと思ったら、薫は雪をくんくんと匂いを嗅いだのだった。
「甘い匂いがするのよね。普通男の子はこんな良い匂いはしないわよ」
「匂い……?」
薫に指摘されて腕や掌を嗅いでみると、自分から香る匂いが久賀が髪を洗う時につけている香油だと気付いた。あの男、凄くいい匂いがするのである。
早朝目が覚めると体が清められていて、濡れていた股も綺麗にふき取ってあり着替えもされていた。あれは今思えば久賀様が綺麗にしてくれたのだろう。
なぜ自分から久賀と同じ香りがするのか見当もつかない雪はただひたすら首を傾げた。昨晩久賀とくっ付いたのも原因だし、今朝久賀から身体を清められた事により密着したのが原因なのだが、あのような行為で匂いが移るとは雪は思ってもいなかった。
「でも、僕は男の子ですから」
否定すればするだけ、女の子に思えて仕方ないが、薫は性別は気にしない事にした。
雪の性別関係なく、会って喋りたかったのだから。
「まぁ良いわ」
肩を竦めてから、薫は雪の手を引いた。
「立ち話もなんだから、そうね、私のお家案内してあげる。寺小屋さぼってるのばれちゃうけど、怒られるだけだし」
「さぼっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、私あたまいいから」
ニンマリと薫は雪に笑いかけた。
正直不安だった。手紙では親しくしているが実際会ったら同じように接してくれるのか。でもそれは杞憂だったようだ。薫は手紙の印象と変わらず活発で、思った事を素直にズバズバ言ってくれるような子だった。その笑顔に雪も精一杯笑いかけたのだった。
「あのっ」と手を引っ張る薫の手の上に雪は手を重ねた。
「――僕もすっごく会いたかったです」
目を細め、頬を染めながら笑った雪を見て薫も頬を染めたのだった。
来た道を二人で歩いた。
年齢の近い子とこうして歩いた事がない雪にとって新鮮である。
「僕、長居できないです」
「夕餉の準備とか?」
「いえ、何かあるといけないから、お昼までには帰るように言われてて」
「あんまし長居できないじゃない。雇い主、厳しくない?」
「いえ! とても優しい方ですよ。心配性なんです」
「そんなに心配する必要あるかな? 信頼されてないって事よそれ」
「そうですかね……?」
首を傾げて見せた。
そうこうして喋っていると、先程通った街中に大きく佇む店があった。
街中で一番大きな呉服屋のようで色鮮やかな着物だけでなく、店頭には簪や結い留めといった物まで並んでおり、女性客が多いように見えた。花街が近いからか、上品な柄の着物が多いが、中には一般向けの着物も取り扱っているようで、久賀から支払われている雪のお駄賃からでも手が届きそうな金額の着物もあった。だからといって安っぽさはない。
手紙に呉服屋を営んでいるとあったと雪は思い出し、その着物をキラキラとした瞳でつい見てしまっていた。そうしているとある一着の着物に目が行き、ほうっと魅入ってしまう。仄かな桃色の着物で、濃い桃色と白色の雪桜の柄を催した着物は確かに美しかった。綺麗な着物や可愛い簪、小物に魅入っている雪の横顔を見て、「やっぱり、女の子じゃない」と言ったのだった。それを聞いた雪と言えば手を顔の前で振りながら、顔を赤くして否定した。
「違います! 桃色の着物、綺麗だなって思って」
「でしょ。雪と桜って季節は全く違うでしょ? でもこの二つって凄い似てるの。雪と桜ってすぐに溶けて散ってしまうでしょ? そこから、はかなさ・謙虚さを併せ持つ模様で、だから季節や格も問わなくて人気なの。特に女女の子にね」
「へぇ……」
薫は女の子にと強調したつもりだったが、雪はそれを知ってか知らずが素直に感嘆を示した。
「夏に他所の呉服屋で桃色の着物を見たのですが、その時の着物よりも色鮮やかで、可愛い着物ですね」
次に雪は妹の桜を思い浮かべた。記憶の中の桜は幼いままで成長が止まっているが、この着物は、妹に似合うだろうと心から思う。雪は自分が着たいと言うよりも、妹に着せたかった。雪は自分の顔は平均以下だと思っている為上品な着物は似合わないと思っており、おしゃれにも興味はなかったが、可愛い簪や着物を見るのは好きなのである。
「可愛い着物が揃っているのは当然よ。うちは町一番の呉服屋なんだから」
えっへん、と胸を張った薫を雪は凄いとパチパチと拍手を鳴らした。
「あら」
客と話し終えて店先に視線を送ると妹の薫が見えた為、長女の楓は薫に声を掛けようと店の外へ出た。薫の横に見知らぬ子が一緒に居るのに気付いた。薫より年下のようだ。といっても薫が同年代より成熟している為、基準があやふやであるが、この辺では見かけない子で楓はジロジロと穴が開くように見た。
「こんにちわ! 僕、雪といいます。薫とはそのお友達で……」
「お友達」と言って雪は頬を染めて照れる。それを見た薫もまた釣られたように頬を染めた。
「僕?」
頬を染めてモジモジと恥ずかしそうにしている雪を見て、楓は首を傾げる。それを見た雪は慌てて
「男の子ですよ! 女の子じゃないですから……!」
(どうして皆、女の子に間違えるんだろう……!!)
どうしても雪は解せないでいた。
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