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由希から「手先が器用」「とても助かってる」と褒められて、雪は有頂天だった。誰かの役に立てることはすごく嬉しい。
そう思いながら頬を熱くして照れていると、由希に本当に京の元を離れるつもりなのか聞かれて一瞬だけ息を呑んだ。どうにか取り繕ってみせて白い歯を見せて、雪は笑う。
「その方が……良いかなと思って! お優しいから色々と気を遣ってらっしゃると思うんです」
例えば、由希さんとの逢瀬だ。僕の事があるから気を遣って二人は夜しか会えないのではないか……本当は陽が照った時間帯に逢いたいだろうに。僕がその権利を奪っている。
(僕はいま、うまく笑えているかな? これ以上、気を遣わせたくないな……)
「でも、京の元を離れるって言っても近くに住むんでしょう? ゆき君が家を出たら、京の事だからゆき君が心配で毎日通いそうね」
「いえ。僕は城下町へ行くつもりです」
「えぇっ!?」
由希は驚いたように目を瞠り、雪を見た。京の元を離れる、って遠くに行くつもりだと知った由希の表情は一気に心配する表情になる。
「久賀様と一緒に住んでいる家は久賀様の家であって僕の家じゃないですし……って、元は由希さんのお家でしたね」
「私がいつまで京の所に居るのか訊いたのを気にしていたりしない? だから、遠くへ行こうとか言ってるんじゃないの?」
「違いますっ。僕はこの間言っていたようにずっと前から考えていたんです」
「城下町へ行くだなんてそんな物騒な事言わないで。京の元を離れたいだけなら、太助の二階においでなさいよ。部屋は空いているし、ゆき君なら大歓迎よ」
二階は由希さんの住まいだ。
京の過保護ぶりがうざったいだろうから、引っ越しておいでなさい。ここなら京が住んでいる場所から目と鼻の先だから激しく反対しない筈、だと言ってくれた。そう言ってくれるなんて、すごく有難い事だ。
(由希さんもお優しい)
静かに視線を落とした雪の瞳から涙が零れそうになって、雪は下唇を噛んだ。由希の優しさに心打たれて泣きそうになっている自分が情けない。その優しさに縋りそうになってしまう。そうなれば本末転倒だ。今の状況と何も変わらない。
雪は、涙が引っ込んでから由希を見上げた。
「何の目的もなく城下町へ行きたいわけじゃないんです。僕には目的があって。生き別れた妹を探したいんです」
だから由希さんが原因じゃないんです、と雪は笑いかけた。
だが、由希は益々不安げになる一方だ。
「……ゆき君が城下町へ一人で行ったら身包み剥がされて、その辺の道端に捨てられてしまうわ。それほど危険な場所なのよ。栄えてはいるけどその分人が多くて良い人よりも悪い人が多い場所なの」
そんな場所なんだ、と雪の表情が青褪めるも首を横に振った。そんな事で自分の決心を曲げてどうする。
「すぐって訳じゃないんです。僕は今、身体が丈夫じゃないですし、体力がついてから久賀様の元を離れるつもりです。だから、安心して下さい」
すぐじゃない、と聞いた由希の表情がホッと和らいだ。
今年中、という言葉は口に出さなかった。口に出したら余計に心配させてしまう。
「妹を探す為に城下町に行きたいのね。もし見つからなくても……見つかってもここに帰ってくるでしょう?」
「僕は──」
桜を見つけて大きな屋敷で姉妹二人で暮らすのだ。それは、倉苗町じゃない。ここには久賀様がいらっしゃるから、それじゃ今と変わらなくなってしまう。
じゃあ、もし見付からなかったら?
見つからなかったら、僕はどこに帰るんだろう?
元々、僕には帰る家なんてない──……。
「城下町は広いですし、僕みたいなのを働かせてくれる場所は探せばありますよ」
そうだ。栄えているなら、僕が働く場所も住まいもある筈だ。後ろ向きな事ばかり考えるのはやめよう。
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