第三章

45/59
前へ
/97ページ
次へ
「──おえっ……!」  吐き気がして、えずいてしまう。 昼餉に、雪の握り飯を食したが吐かなくて良かったと久賀は、そこは冷静に思った。  太助の戸に触れた手がカタカタと震え、もう片方の手で押さえて震えを止める。雪に、話しを聞かれている事を知られてはいけない。 (雪は、俺から離れようとしている)  ──だから、金を貯めようとしているのか。  それは決して、俺に贈り物を贈りたいとかいう理由ではなく、その根底に隠されていた本音は、俺から離れる為の資金集めだ。  雪が桜を探したい、会いたいという気持ちは彼女を見ていたら分かる。桜を語る時、彼女は久賀の知らない表情をするのだ。桜が愛おしくて堪らない──桜に会いたい、桜と話したい、桜が恋しい。 (俺には、そんな表情を見せない)  愛おしそうに、恋しそうに、一度でいいから俺を見てほしい。 「……ははっ。一度でいいのか?」  一度で足りる筈がない。  一度見てもらえたら、二度、三度と何度でも求めるだろう。 (雪に愛してほしい)  そう願っている。  大事にしたい、雪を手に入れたい。でも、行動に移せば身体が弱い雪には耐えられない。 (これは、言い訳だ──……)  昔の俺なら、身体が弱かろうが抱いていただろう。  何度、雪を凌辱したいと思っただろうか。頭の中で何度犯しただろう──お願いごとと称して、雪の身体に触れて、あのまま挿れてしまいたいと、何度思った事か。  実行に移さないのは、嫌われたくないからだ。俺に信頼と信用を寄せてはいるが、それが確実なものだと実証がない、怖い。怖いのだ。  もしも拒絶されてしまったら、俺はそれこそ耐えられない。雪を本当に傷付けてしまう──心を傷付けてしまう。俺は、雪の心がほしいのに、二度と手に入らなくなってしまう。 (何が足りないんだ?)  分からない。  分かれば苦労しない。  
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加