1.別れ話は突然に

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1.別れ話は突然に

 俺は甘いものが好きだ。  好物はプリンで、タイプなのは優しい人。俺を大事に甘やかしてくれる人。  なのにどうして? と思う時がある。いや、今までもたくさんあった。俺の恋人は全然甘くない。それでも、好きな気持ちが先に立つのが恋だ。でも、今日という今日はだめだ。 「仕事が入った」  その一言だけだ。続けての連絡はない。電車の中で、あいつから送られてきたLINEに「了解」と送った。続けて「さよなら」。その後は、ブロックした上で削除。  今まで自分がこんなことを素早くできる人間だとは思わなかった。どんなに好きな相手でも、終わる時はあっけない。  二人で行くはずだった二泊三日の旅行。予約したホテルにはキャンセルを入れた。元々、手配したのは俺だ。あいつは自分からどこかに出かけたいなんて言わないから。  全室オーシャンビューだという人気のホテルをたまたま雑誌で見て、泊まってみたいと思った。俺はシチュエーションも甘いものが好きだ。二人きりで過ごす夕日の綺麗な部屋、なんてベタな世界にも憧れていた。 「なあ、ここに行きたいんだけど」 「……女子」 「ステレオ発言禁止! 表情一つ変えずに言うのやめろ!」  それでも俺は諦めなかった。二人とも有給がたまってるんだから、たまには行こう! と粘った。人気のホテルは満室で、祈るような気持ちでキャンセル待ち。仕事中もこまめにサイトを覗き、たまたま部屋が取れたときは叫びそうになった。まさにラッキーだとしか思えない。あまりの嬉しさに速攻で送ったLINEには、深夜まで既読すらつかなかった。  考えてみれば、あいつは最初から乗り気じゃなかったんだ。  待ち合わせの駅に電車が到着する。乗車予定だった新幹線の切符の払い戻しに向かい、終わった頃には一気に力が抜けていた。とてもじゃないけれど、このまま家に帰る気持ちにはなれない。今日はどこか、行き当たりばったりの旅に出よう。  手近なホームを上がり、目の前に来た電車に飛び乗った。自由席の座席が結構空いていたので、窓際に座る。 「あああ……。折角、三日も休みなのに」  座席に着くと、途端にもやもやした気持ちでいっぱいになる。金曜と土日で、三連休。いつも休みを取らない俺が有給申請したからと「安心しろ! 休み中は一切連絡しないからな!」と上司が言った。本当にスマホには何の連絡も入ってこない。何だかすごく暇で……、猛烈に寂しい。こんな状況でなければ最高なのに。  ちょうど車内販売のワゴンが来たので、俺は見慣れたビールを一本頼んだ。  ぷしゅっ。  よく冷えたビールに口をつけて、ごくりと口に含む。 「……にっが!」  甘い酒しか飲まない俺には、全くどこがいいのかわからない。それでもビールにしたのは、あいつがいつも、この銘柄を選んでいたからだ。  とびきり甘く整った顔で、きりっと苦いビールを飲む、あの横顔を眺めるのが好きだった。じっと眺めていたら、よく反対側を向かれた。 (思い出すとろくなことがないなあ……)
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