1.別れ話は突然に

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 俺が立石(たていし)瑞樹(みずき)と付き合いだしたのは半年前だ。  地方の支店から瑞樹が異動してきて初めて会った時、自分の理想が形になったと思った。優しくて甘い笑顔に柔らかな物腰。自分より頭一つ分高い背も、少し低めで穏やかな声も全部好みだった。  一緒に何度も仕事をするうちにすっかり惚れ込んで、飲み会の帰りに酔った勢いで告白した。好きだ、付き合ってほしいと。男同士だし、酒が入っていれば断られても笑い話にできる。そんなずるい逃げ道まで用意した俺に、いいよと言ってくれた時は夢かと思った。 (思えばあれが、俺の人生の頂点だった……)  惚れたのは、俺の方だ。そう思って何でも俺からアプローチした。あいつは段々、嬉しそうな顔一つしなくなった。  連絡してもなかなか返信は来ないし、出かけようと言っても即座に断る。部屋に行くのは嫌がられなかったから週末には泊まりに行くけど、話をするのは俺ばかり。一緒にいても楽しそうじゃないのが、ずっと気になっていた。 (俺のこと、好きじゃないのかな……)  一度そう思ったら怖くなって、直接、瑞樹に聞くことなんか出来なかった。 「(なお)、顔がよくて外面もいい男なんかやめとけ、大抵は何か抱えてるもんだぞ」  苦いビールをちびちび飲んでいると、幼馴染の(ゆき)が言った言葉を思い出す。雪はうちの会社の近くで、バーの雇われ店長をやっている。俺がゲイだと言っても顔色一つ変えない男だ。瑞樹のことを相談しても親身になって聞いてくれるけど、時折、そんな奴やめて俺にすればと言ってくる。 (でもまあ、雪は兄弟みたいなもんだし)  雪のようなキリっとクール系は俺の好みではない。何よりも、俺は瑞樹が「なお……」って呼ぶ時の甘い声が好きなんだ。もう、聞けないけど。  苦手なビールをぐっと飲んだら、思いっきりむせた。無理はするもんじゃない。  ……いつのまにか、うとうとしていたらしい。車内の音楽で目覚めると、電光掲示板にもう数駅で終点だとあった。俺は慌てて荷物をまとめた。  電車から降りると空気に潮の香りが混じる。駅員に尋ねると、改札口を出て真っ直ぐに駅前の通りを進めば、海に出るという。  海辺のホテルをキャンセルしたはずなのに、また別の海に来るなんて、我ながらびっくりだ。  通りを進むと坂になっていて、海鳴りの音が強くなる。突き当りに浜沿いの広い道路が現れたかと思うと、向こうは一面の海だった。
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