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それから俺は、浅ましいかと思ったが、瑞樹の状況を密かに探った。人気があるやつの話は、ちょっと聞いただけでいくらでも手に入る。
返信が早く、いつも笑顔。しょっちゅう告白されていて、最近は企画課の美人と噂になっている。
「そういえば今度、立石さん休みとって旅行に行くらしいんです。企画課の子も休み合わせたみたいで、一緒に行くのかって話題なんですよ」
情報通の沢田は、ふふふ、と含んだような笑いを漏らす。おれはもう、そこまででお腹がいっぱいだった。
「あーもう! 何で今、あんなこと思い出すんだよ!」
思わず大声を出すと、うわっと近くで悲鳴が上がった。視線を向けると、階段からゴロゴロと一つの缶が落ちていく。パーカー姿の男が、慌てて缶の後を追いかけた。
結局一番下まで缶は転がり、追いかけた男がこちらを振り返る。茶髪で体格がよくて背が高い。見事に陽に焼けた姿は、サーファーだろうか。大学生ぐらいに見える彼は、階段を上って俺のところにきた。
甘い感じの顔立ちが、どこか瑞樹を思い出す。彼の手には、ぼこぼこのコーヒー缶があり、俺を見て眉を下げた。
「急に声出すからびっくりした」
「え? ……あ! 今の、俺のせい? ご、ごめん」
彼の飲み物をダメにしたのは俺か。近くに自販機はないかときょろきょろすると、目の前の男が不思議そうな顔をする。
「それ、新しいの奢るからさ。何がいい?」
「……え? 別に大丈夫。飲めないわけじゃないし」
「いや、でも、悪いから。一緒に来てくれる?」
俺たちはすぐ近くの自販機まで歩いた。自販機は、会社にあるものと同じメーカーだった。
「コーヒー?」
「いや、ココアで」
買う時に考え事してたら間違えて、と彼は苦笑いする。
「苦いの無理だから、どうしようかなと思ってたんだ」
「ああ、わかる。俺も甘くないと無理。好みに合わないものって困るよな」
取り出し口から出てきたココアを手渡しながら、はっとする。間違って買った飲み物は、すぐには飲めない。どうしたものかと手に余る。俺は無糖が苦手だけど、瑞樹は甘いのが苦手だった。
(……困ってたのかな。ずっと、持て余してた?)
「ねえ、大丈夫?」
「えっ」
「……泣いてるから」
心配そうに言われて、びっくりする。いつのまにか、涙が頬を伝っていた。
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