2.海辺の休日

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2.海辺の休日

「盛り合わせ、お待ちどおさま!」  地元の刺身や貝の盛り合わせが、目の前に置かれる。ピカピカの鯵や鰹、イカに赤貝。海鮮好きの俺は嬉しくて仕方がない。甘エビの頭の入った味噌汁もついてきた。 「うまそう! いただきます」 「地元で獲れた魚ばかりだから! 腹いっぱい食べたら元気が出るよ」  俺は、海辺で出会ったばかりの大学三年生、勇気(ゆうき)くんのバイト先に来ていた。と言っても、あの自販機から数メートル先にある居酒屋兼食堂だ。彼はバイト前に、毎日の日課で海を眺めに来ていたのだ。いきなり涙を見せた俺が恋人と別れて旅に出たと言うと、すぐにここに連れて来た。ねえ、とびきり美味い飯を食わせるよ、と言って。 「直さん、ご飯もいる?」 「えっ?」 「飲むよりもご飯派かな、って」  うん、と答えると、艶々のご飯が置かれた。俺が四つ上だから、さん付けだ。俺はあまり酒に強くないから、最初に飲み物を聞かれた時も水を頼んだ。勇気くんは、ご飯のお代わりがほしかったらご遠慮なく! と笑う。  ホカホカのご飯を口にしたら、またも涙が出そうになった。  ……初めての場所で、他人と食べる食事の方が気が楽だ。  今、知り合いと一緒に食事なんかできない。小さいけれど賑わっている店で、見知らぬ人たちが楽しそうに食べる姿に心が慰められた。勇気くんの笑顔につられて、俺はご飯をお代わりした。  宿泊先を決めていないと言うと、浜通り沿いの小さなホテルを店の人たちが教えてくれた。電話をかけると空いている。店からは少し距離があるけれど、腹ごなしにはちょうどいい。  ゆっくり時間をかけて食事をして、海鳴りを聞きながら歩く。ふと立ち止まって海を見た。  普段ならまだ仕事をしている時間に、知らない場所で黒々と広がる闇のような海を見ている。まるで現実感がない夢みたいだ。 「直さーん!」 「あれ、バイトは?」 「今日は早上がりなんだ。それに、直さんが心配だし。また泣いてたらヤバいなって」 「……」  あっという間に隣に来た勇気くんは、人懐こい笑顔を見せる。最初に泣いた顔を見られたからか、何だか話しやすい。勇気くんは話上手で人を緊張させなかった。俺が瑞樹のことをぽつぽつと話すと、形のいい眉を顰める。 「直さんの彼女、塩ですねえ」  勇気くんは、俺の恋人は女だと思っていた。まあ、そう思う人が大多数だろう。
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