2.海辺の休日

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「……そうかな」 「いや、そうでしょ。だって、そんだけ恋人が気合入れてホテル取ったのに、『仕事』の一言で終わり? もうちょっと何か言い方あるでしょ」 「うん。でも、あいつはもしかして、最初から来たくなかったのかもしれない。言えなかったのかも、って思うんだ」  勇気くんは少し黙った後に、俺を見た。 「直さん、優しいからな。俺だったら、嫌ならもっと早く言えよって思う」 「ふふ。でも、俺も鈍いからなぁ。優しいわけじゃない」 「優しくなかったら、自分で缶落としたやつに、新しいのわざわざ奢らないって」  勇気くんが笑い出す。つられて俺も笑った。 「もしかしたらさ、ウザかったのかなって思うんだ。俺たち、色々反対だったから」 「……直さん」  いつの間にか、ホテルの前まで来た。勇気くんがハーフパンツのポケットを探る。 「直さん、手ぇ出して」  素直に手を出せば、三角形の飴がころんと乗せられた。イチゴ味の飴は時々食べたくなる優しい味だ。 「これ、俺の好物。お客さんがくれたんだけど、甘いもの食べると元気が出るから!」  胸が詰まって、ありがとう、と言うのがやっとだった。  その晩、夢を見た。  俺の部屋に瑞樹がいて、じっと壁を見ている。振り向いた顔は、いつもと変わらない。少しも楽しくなさそうで……。それだけじゃない、怒ったような表情だ。何か言いたいことがあるんだろうか。これは夢だとわかっている分だけ、ひどく切ない気持ちになる。  夢の中でぐらい、笑ってくれたらいいのに。俺にも、少しぐらいは笑顔を見せてくれたっていいじゃないか。  胸がキリキリと、締め付けられるように痛む。  ……何か鳴ってる。……電話だ。あれ、電源は切ったんじゃなかったっけ? ああ、ホテルを取る時にまた入れたのか。    電話は何度も何度も鳴り続ける。俺は寝ぼけ眼で手を伸ばし、枕元のスマホを取った。仕方なく画面を見れば、雪からだ。 「雪?」 「直――! やっと出た!」  大音量の声が響く。耳元の叫び声で、すっかり目が覚めた。 「どうしたんだよ?」 「どうしたもこうしたもないって! お前、昨日別れたって言ったよな!」 「え? うん」 「お前の彼、いやもう元彼か。ゆうべ、店に来たんだよ。いきなり、お前がいるかってすごい剣幕で入ってきた」 「……何で?」 「知らん。お前がいないって言ったらすぐに出て行ったけど、揉めてんのかって心配になって。昨夜はイベントで電話できなかった」 「俺、あいつのLINE、削除したからな。よくわかんないけど」  心配かけてごめん、と言うとため息をつかれた。
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