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5. 人魚の肉
二階堂の死後、今日子は地方の港町を秘かに訪れた。
蔦が絡まる古い煉瓦造りのビルに、『La Sirène』というバーがあった。人魚という意味のその店に行けば、永遠の命が得られるというのが二階堂の遺言だった。
人魚の肉を食べると、人は永遠の命を得られる。その昔、八尾比丘尼は人魚の肉を食べて不老不死となり、乙女の姿のまま八百歳まで生きた。
不老不死を願う人は現代にもいて、人魚の肉は密かに流通している。
一定期間、一定の海域でひっそりと行われる人魚漁が終わると、特別の店でだけ人魚の肉を手に入れられるという。その一つがこのバーだった。
店に入るとバーカウンターの奥に、渋いスリーピースを来た老バーテンダーがいた。ほかに客はいない。
「いらっしゃいませ」
今日子はカウンターの示された椅子に座る。
「何になさいますか?」
「永遠の命を」
今日子はそう答えた。
その夜、今日子は老バーテンダーが作ってくれた、人魚の血が入った“ブラッディ・マリー”を飲んで永遠の命を得た。
以来、今日子の肉体は二十七歳のままだ。
普段は年相応に見えるよう老けたメイクをしているが、メイクを落とせば二十代の若さのままだった。
永遠の命を得たことに、まったく後悔はない。これで二階堂との約束を果たし、永遠に『天使の祈り』を演じ続けられるのだから。
それなのに今、今日子の前には“実年齢”というやっかいなものが立ちはだかっていた。
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