6. 天使の雨

1/1
前へ
/16ページ
次へ

6. 天使の雨

 公園のベンチで昔を回想していると、ぽつりぽつりと雨が降り出し、すぐに本降りになった。  空は青く、お天気雨のようだった。  今日子は天を仰いで、すべてを洗い流すようにキラキラと降り注ぐ雨を一身に受けた。  老けたメイクを洗い落としていくのも構わなかった。  ふと視線を感じて振り向くと、近くで若者が今日子にスマホを向けていた。 「すみません。とても美しくて、天使のようでした!」  素直な称賛の言葉に、今日子は意外にも頬を染めた。 「あれ?」  彼は今日子に近寄り、驚いたように言う。  まずい、バレてしまったかと今日子は焦る。 「あの、女優の久遠今日子さんに似ていますね。でもずっと若いし綺麗だ。僕、映画監督の卵なんです」  岩瀬航大(いわせこうだい)と彼は名乗った。 「卵?」 「はい。大学で映像を学んで、今はVシネマやCMの助監督をやってます。でも、ここに」  岩瀬は名刺を今日子に差し出し、印字されたURLを指さす。 「個人で撮った短編映画を公開してるんで、よかったら見てください。そして、もし気に入ってくれたら、僕の映画に出てくれませんか?」 「あなたの映画?」 「はい。次の自主制作のヒロインを探していて、あなたがイメージにぴったりなんです!」  岩瀬はそう言うと、持っていたビニール傘を今日子に渡す。 「あ、これ。風邪ひいちゃうんでどうぞ。じゃあ、連絡待ってます」  そう言って、駅の方向へ走り去って行った。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加