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 冬の一歩手前の土曜の夜、自宅のマンションでベッドに潜り込もうとしたら夫が二年ぶりにのしかかってきたので、思わずその側頭部に肘を入れた。  正確には、すごく嫌だったので上半身を左右によじったら、ちょうどうまい具合に右肘が彼のこめかみに突き刺さってしまったというものだった。  夫が 「いってえ」  とうめくので、「ごめんね」と言いながら、とりあえず彼のみぞおちに下から膝を入れ、さらに股間を蹴り上げて、私の上からどかした。 「なんでだよ」 「そっちこそなんでよ」  二年前、風邪をこじらせて高熱を出した私が、だるさのあまり熱が下がっても数週間拒み続けたのが、レスの原因ではある。  悪いなと思う気持ちがゼロではなかったものの、小魚の鱗一枚分程度でしかなかったこともあって、あまりそんな気分じゃないけどまあいいかおいで、という気にはなれなかった。 「夫婦だろ」 「なんで夫婦だったらそんなことしなきゃいけないの」 「おれは三十一、君だってまだ二十八だろ。こういうことするほうが自然だろ」 「私は今、凄く不自然に感じた。だから無理」 「なんだよそれ。おれは男なんだよ。そういう気持ちになるのは当たり前だって、いい大人なんだから分かるだろう」 「なんのきっかけもなしにそんなになるわけ? なにがあったの? それが気になるから、嫌なの」  夫は、何秒か黙った。  この人は噓がつけない。  本当のことを言うのが誠実さだと思っている。  それがこの人のどうしようもない欠点だった。  結婚する時は、我慢できると思った。でもやっぱり無理だった。  なにで勃ったのか知らないが、それを収めるために私で射精しようとしている。  なめんなよ。  その日はそのまま眠った。  次の日、夫を会社へ送り出して、専業主婦の私は一息ついていると、そういえば私も欲求不満気味だな、と気づいた。  ただ、その解消の相手に夫を選びはしない、というだけだ。  そうだ、女性用風俗に行こう。  せっかくなのだから、思い切りやりたい。  さっそくスマホを開いたものの、小さい画面でちまちま見ているのが煩わしくなったので、テレビにスマホの画面を共有して映し出した。うちには、パソコンがないのだ。  片っ端から検索していくと、ゴリゴリに修正された細面のハンサムメンたちが、上半身裸になって胸襟と腹筋をあらわに、さあこいとばかりにHPに踊っている。  いくつものサイトを見比べながら、利用の際の注意事項や料金を見比べた。  その時はじめて知ったのだけど、一般的に女性用風俗というのは、挿入を伴わないらしい。  なんでだ。  男用の風俗は、入れるもありなら入れないもありだと聞く。  なんで女だと入れてくれないのだ。  いや、分かる。どうしたところで、女には妊娠のリスクがある。店舗側で管理できる場合と違い、避妊に最終的に客側の主体性だかかわってくる状態だと、挿入は厳しいのだろう。違うかな。  それにしたって、どうにかならないのか。  私にとって、欲求不満解消というのは、ようするに入れてもらいたいのだ。  体のほかの部分とか、専用の道具とかじゃなくて、性交のために用意された部分を性交のために用意された部分に使ってほしい。  あんなたかだか十数センチの肉の棒切れでありながら、ほかの何物にも代えることができない。  なんなんだあれ。クソが。あんなもんがあるから男が調子に乗るんじゃないのか。男が偉いんじゃないぞ。あの棒が偉いんだ。棒だけあればいいのに。男の体や脳みそなんて、私にとっては棒のおまけだ。  ほかの女の人たちは違うのだろうか。  私の性欲が独特なのか?  ともあれ、不満を解消してくれないなら、お金を払う意味がない。  睡眠不足だからベッドで寝たいと言っているのに、そこに椅子があるから座って寝なさいと言われているのと同じだ。違うか。  少なくとも今の私には、アロマオイルでも、リラックスマッサージでもなく、挿入だけが必要なのだ。  多少安全性が下がっても構わない。なんかおしゃれなラグジュアリー的なのじゃなくて、若干アングラでもいいから、挿入できるとこないかな挿入。  なんか、学歴も立場もありながら下半身関係のスキャンダルで問題起こす性犯罪者って、こんな精神状態なんじゃないかという気がしてくる。  私は次から次へとそれっぽいサイトを巡っていった。  この世にありもしない、「これこれ、これが見たかったんだよ! これさえあれば大満足だよ!」といえる動画を永遠に探して動画サイトのおすすめをあさるがごとく、人生で最も時間をドブに捨てているシーンかもしれないな、と頭の片隅でミニ私がつぶやくが、そんなものには構っていられない。  玄関のチャイムが鳴った。  それでようやく我に返ったけど、すでに夕方に近かった。スマホをいじり倒していただけなのに、私は肩で息をしていた。  ドアを開けると、そこには、隣の部屋に住む大学生の男の子が立っていた。ワタルくんという名前だ。  以前から彼の親は留守がちなので、たまにおかずを分けてあげたり、進路相談に乗ったりしてあげていた。すらりとしながらほどよく筋肉のついた、なかなかのハンサムメンである。 「久しぶり、ワタルくん。どうしたの?」 「実はおれ、女性用風俗のキャストやってるんです。需要ないかと思って」
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