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息もできないほどに、唇を貪られ、思わず顔をそらそうとすると、逃すまいと大きなてのひらがすみれの頭を抑えた。
緊張と混乱の中、じわじわと熾火のように体の芯が熱くなり、頭の中が白みはじめる。
今はこの手以外にすみれが頼れるものは何一つなかった。
──どうして今までこの思いをごまかしていられたのだろう。
「俺はあなたが思ってるような人間じゃない」
その声の響きになにかしらの不穏さが漂っていたが、すみれは考えまいとした。
これがいつか破滅に向かう恋だとしても、もう後戻りはできない気がしていた。
「あなたがどんな人間でも構わない。あなたが好き……」
ずっと蓮に惹かれていた。同時に彼に対しては畏怖を抱いていた。それは本能的なもので、理屈ではない。決して穏やかな感情ではない。むしろ不吉な予感すら孕んでいる。
蓮と向き合うのは、深淵を覗き込むような恐ろしさがある。どんなに警戒しても丸ごと闇に飲み込まれてしまうような怖さが。
体中の力が抜けていく。もうどうなっても構わない。
蓮は痛みをこらえるような表情を浮かべた。
「俺もあなたが欲しい」
なぜだか蓮がとても苦しそうに見える。
その苦しみを自分は少しでも楽にすることはできないのだろうか。できるのならばそうしたい。
その言葉は愛に飢えたすみれを酔わせるには十分だった。二人の間に生まれつつあるものが本当に愛なのかわからない。それでもいい。
蓮がすみれを見る瞳にかつてない炎が宿る。
その声も、目も真剣そのものだった。だが、彼の抱える深刻な秘密の香りに心のどこかで気づいていた。
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