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 あれだけ大きな音を立てたのだ、驚いた住人が家の灯りを点けてこちらの様子を伺うために顔を出すに違いない。  それを期待した。そして早く安心したかった。「なんだよ、住んでんじゃねえか」と文句の一つも言いながら笑い飛ばしたかった。  しかしいくら待とうが、江藤の願望は叶わない。  不意に身震いが起きる。寒い。山の冷気と寒風は確実に江藤の体温を奪っていた。  観念してスマートフォンのライトを点け、先を照らしながら集落の奥へ進む。  道は舗装されているものの、所々アスファルトが剥がれて陥没し水溜りになっていた。  谷間に作られた集落は道が一番底になっており、そこから枝のように別れた坂道や階段が数段高い民家へと続いている。  通り過ぎながら何軒かの民家を照らして見てみたが、手入れがされている様子もなく荒れ果てて雑草が生い茂っている。中には屋根が大きく陥没し完全に廃屋と化した家も見受けられた。 「勘弁してくれよ、廃墟じゃねえかここ」  こんな所に人が住んでいる訳がない、馬鹿らしくなってトラックに戻ろうとした矢先、前方で2つの小さな光がこちらを見据えていたのに気付いた。  江藤は一瞬驚き固まったが、ライトに照らし出されたのは黒猫だった。 「ビビらすんじゃねえよ」  安堵した江藤が威嚇するように近づくと、黒猫は逃げ一定の距離を保つ。その行為に嗜虐心を刺激され、執拗に追い続ける。  気付けば配達先の寺の石段が目の前にあった。  黒猫は山門へと続く十数段の石段を駆け上がり、そのまま奥へと消えていった。  江藤も誘われるように後を追い山門をくぐる。  本堂の横にある寺務所に、いつの間にか灯りが点いていた。  自宅も兼ねているのだろう、引き戸の玄関前にはバケツや鉢植えが置いてあり明らかに人の営みがあった。
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