360人が本棚に入れています
本棚に追加
広い座敷に端然と座す常磐と控えるハク。その前にずらりと体格のいい人々が向かい合って、畳に頭をこすりつけている。常磐は普段柔和で美しい姿をしているが、今日はまるで氷柱のように鋭い冷気を放っていた。
「躾のなっていない真神の子など、駄犬と変わりないわ」
常磐の低い声に、空気が一気に緊張を孕む。思わず縁側から声を掛けてしまった。
「あ、あの……」
「……恭弥様っ」
マシロを抱えたコウが真っ青な顔をしているが、それどころではない。
「あの、マシロの一族の方ですか?」
ざっと振り返った者たちが、ぎょっとして俺を見た。何だろうと思ったが、腰の痛みを耐えて近づいていく。
「すみません。マシロを拾ったのは俺です。皆さんが迎えに来てくださってよかった」
マシロがとん、と畳に飛び降りて俺にすり寄ろうとする。
出迎えの中の一番上だと思われる人が、すごい勢いで走ってきた。まるで俺から守るようにマシロを抱きかかえる。
「……此度は誠に有難き次第にございます。我が君をお救いくださった御恩、決して忘れません」
「いいんです。……マシロ、よかったな」
きゅううん、きゅうんと鳴くマシロに、何か言い聞かせながら、一族の人々は俺に深く礼をした。
ちらりと常磐を見ると、面白くもなさそうに、こちらを見ている。
最後にマシロをもう一度抱っこしたいと言うと、厳しい顔できっぱり断られた。代わりに何かあったら、「マシロ」と一言、名を呼ぶように言われた。名付けを行った者との間には縁が結ばれる。一族総出で助けに来てくれるらしい。
「さて、挨拶がすんだなら、これでお帰り願おう」
そのまま居たら塩でも撒きかねない常磐の言葉に、マシロを大事に腕に抱えた人々が立ち上がった。
空は見事に晴れ渡っている。見送るために、真っ赤な鳥居の前に立つ。
マシロとその一族は、もう一度俺と常磐に深々と礼をした。ひらりと空に舞い上がると、みるみる青空の中で姿を変える。見事な体格の光り輝く狼たちが、マシロをしっかりと取り囲むようにして空を駆けていく。
最初のコメントを投稿しよう!