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「……悪い感じはしないんだけど」
「ああ、そうだね。この子には、どえらい神気がある。それこそ神社の神さんに聞いてみたらいい。たぶん、そちらの方が詳しいだろ」
うちでは昔から、人外の存在が当たり前のように扱われている。それが普通じゃないことを知ったのは、俺がかなり成長してからだった。
頼みの綱の祖母にまで預かってもらえず、仕方なくマシロ付きでやってきたら、鳥居の下で立ち往生した。何でこんなことになってしまったんだろう。
俺は、階段にも座れず、地面にしゃがみこんだ。
照り付ける陽射しから庇っていた子犬が、丸い瞳で俺を見上げた。思わず、ふふっと目を細めてしまう。
「困ったなあ、マシロ。俺は怒られるし、お前は御主人が見つからないし」
腕の中の子犬がよじ登ってきて、俺の頬をぺろりと舐めた。ぺろぺろと続けて舐められて、くすぐったくてたまらない。
「……こら、やめろって。くすぐったいから、ほんと!」
子犬が俺の唇をぺろっと舐めた時だった。
ぐらり、と周りが揺れた。
「へっ?」
暑いくらいだった陽射しが陰ったように、すうっと周囲の熱が減る。
「あれ……」
手の力が緩んで子犬がふわっと空中に浮き上がる。手を伸ばしても届かず、きゅーん、と鳴き声を上げている。わわわ、と驚いていると、低い声がする。
「……久しいな、恭弥」
「ときわ」
約束していた相手が現れた。この稲荷神社の主、神様の常磐だ。
銀鼠色の着物を身に着けた男神が鳥居の下にゆらりと立っている。腰まで流れる銀色の髪は後ろで一つに結ばれ、切れ長の瞳は金色に輝いている。端正な顔立ちとすらりとした体は神気を纏って清々しい。相変わらず綺麗だな、と見惚れてしまう。常磐の肩先に浮かぶマシロの声に我に返った。
「と、常磐っ! マシロが!」
氷のように冷たい視線に気づいて、はっとする。そうか、常磐の仕業だ。稲荷神社の神域で力を使える者なんて、他にいるわけもなかった。空中にマシロはふわりと浮かんだまま、不安げにこちらを見ている。
「常磐、マシロを下ろしてくれ。まだ、ちびなんだ。弱いものいじめはよくないぞ」
「何だと? 弱い者いじめ?」
金色の瞳に怒りが籠もって、心の中でひえっと思う。俺はしょっちゅう常磐を怒らせているけれど、別に好きで怒らせているわけじゃない。
「だって、怖がってるじゃないか。この神社に来る途中で拾ったんだよ。だから来るのが遅くなって……」
言い訳がましいなと思いながら必死で話すと、常磐は憮然とした口調になった。
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