361人が本棚に入れています
本棚に追加
2.わかってない
「知っている」
「……へ?」
「お前が朝、ここに向かう途中に草むらで拾っただろう。見慣れぬ気配を感じてちょうど様子を見ていたところだった」
「み、見てたなら、何で……」
常磐は俺の質問には答えず、ふいっと顔を背けた。
「……言っておくが、それは弱くなどないぞ。人には本来の姿は見えぬだろうが、子犬ではない」
「え、だって、あんなに弱って……」
「それは天に住まう者だ。地上に落ちて、天の気以外のものをいきなり体に吸い込んだから弱ったのだろう。この神域までたどり着こうとしたところで力尽きた。そこに、たまたまお前が通りかかったんだ」
「……ばあちゃんも言ってた。えらいものだ、って」
鳴き声が聞こえなくなったと思えば、境内でマシロは二匹の御使い狐と遊んでいた。見事な尾を持った白狐たちは、常磐の眷属だ。二匹に追いかけっこをしてもらって、楽しそうに走り回っている。
「じゃあ、これからあの子の眷属が迎えに来るのか?」
「たぶんな。きっと探し回っていることだろう。一応あちこちに使いを出した。待っていれば何か知らせが入る。ここにいれば神気を吸って、あれも回復するはずだ」
よかった、と思うと気が抜けて座り込んでしまった。同時に胸の中がもやもやする。
(……だったら、常磐がさっさとマシロを助ければよかったのに。俺はこんなに怒られなくてすんだんじゃないか)
むう、と口を尖らせながら、足元に生えた草をプチプチと千切った。頭の上の陽射しが陰って、すぐ近くに常磐がやってくる。
「神は余程のことがない限り、互いに関わりあわぬものだ」
俺は黙って手元の草を抜き続けた。
「近くに眷属がいれば放っておいても迎えにやってくるし、自力で天に戻る者もいる」
「じゃあ、俺のしたことは余計なことだったのか」
「そんなことはない」
「時間に遅れたこと、ずっと怒ってたくせに」
「……怒るに決まってるだろう」
俺は、しゅんとして足元を見た。やっぱり怒ってるんだ。胸がぐっと詰まって、何と言っていいのかわからない。陽射しに照らされて熱くなった頭に、常磐の言葉だけが響く。
「お前は、一つのことに夢中になると、すぐに私のことを忘れる」
「……忘れてなんか」
いない、と言おうとしたのに、すぐに言葉が出ない。
「私のところに来るのに、平気で他の者の匂いを体に付けてくる」
「……?」
「お前は本当に、何もわかっていない」
言われている意味が分からなくて顔をあげた。階段を降りてきた男は、むっとしたまま俺に手を差し出す。
「……手が汚れてるからだめだ。常磐が汚れる」
そう言って首を振った途端に、体がふわりと浮き上がった。鼻先に仄かに白檀が香り、俺は常磐の腕の中に抱きしめられていた。
最初のコメントを投稿しよう!