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「何でいきなり風呂に入らなきゃならないんだ。手を洗うだけでいいだろう?」
「お体を全部清めるよう、仰せつかっております」
子どもの姿で湯加減を見に来ているのは、御使い狐の片割れだ。二匹の御使い狐はまるで双子のようにそっくりだが、よく見ると、目元が違う。目尻が上がっているのがハクで、下がっているのがコウだ。ハクは決して常磐の側を離れず、コウはいつも俺の側に来てくれる。
檜木の香りがする湯船は広々として、大人が五人ぐらい手足を伸ばせそうだった。なみなみと湯が張られ、すっかりくつろいだ気分になる。まるで温泉にでも来たみたいだ。
「匂いがどうのって言ってたけど、そんなに臭かったかな?」
自分では、何か特に匂いが付いていたような覚えもないから、よくわからなかった。俺が首を傾げていると、コウがにこっと笑う。
「人には、おわかりにならないかもしれませんね。そんなところも主様は憎めないと思っていらっしゃるみたいですけれど」
(憎めない? 常磐はもう、怒ってないのか?)
のぼせそうになって湯船から上がった。すかさず体を拭く布を渡され、浴衣が用意される。ぱりっとした浴衣に袖を通すと、何だか嬉しくなる。浴衣を着るのなんて久しぶりだ。
案内されるままに歩いていくと、常磐が縁側で涼んでいた。
常磐の手元には朱塗りの膳に白い徳利と盃があり、珍しく浴衣姿で足を崩している。いつも着物や袴で端然とした姿ばかり見ているから、浴衣はぐっとくだけた感じだ。襟元が開いて鎖骨が見え、髪を下ろした姿はすごく色っぽい。
いつものきりっとした感じと全然違って、ドキドキする。何だかすぐ隣に座るのは気まずくて、少し離れて座った。コウが、とことこと俺の元に膳を運んでくる。水と小さな徳利と盃とが、朱塗りの膳に並んでいた。
「コウ、俺はまだ未成年だから酒はだめだよ」
「恭弥様、これは人の飲む酒とは違いますよ」
コウはにっこり笑って膳を置き、少し後ろに下がった。マシロの様子を聞くと、遊び疲れて寝ていると言われてほっとする。視線を感じて目を上げたら、常磐がこちらを見ていた。確かに目が合ったのに、何も言わずに目を逸らす。常磐は黙って、側に控えたハクの注ぐ酒を口に運ぶ。
しゅんとした気持ちになって、俺は水をごくごくと飲み干した。冷えた水は美味しいのに、常磐との間のわずかな距離が苦しい。
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