1.怒る神様

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1.怒る神様

 照りつく陽射しの中でも、その神社だけはいつも涼し気な様子を見せていた。真っ赤な鳥居は青空の下に輝き、参道の周りには杉の並木が連なっている。  小さな町の小高い山の上にある稲荷神社。五穀豊穣の女神を祀っていた神社の神様が、いつのまにか代替わりしていたと知ったのは、一年前だ。  俺は、神様とちょっとしたことから仲良くなって、時間を見つけては会いに行くようになった。  本日、神社を訪ねる約束の時間は午前九時だった。そして今は、午後の一時だ。 「ねえ、ごめんってば! 約束を破ろうと思ったわけじゃないんだよー!」  俺は神社の鳥居の前に立って、ひたすら謝り続けていた。  もう三十分になるだろうか。鳥居の下の階段で大声を上げ、頭を下げている。参道の先、奥まった社殿までが静まり返って、何の気配もない。  家の近所のこの神社は、地域の信仰を集めている。幼い頃からしょっちゅう祖母に連れられて、境内でよく遊んだ。代替わりしたのは遥か昔のことで、俺をずっと見ていたと神様は言う。神様は俺が好きで、俺も神様が好きで。……うまくいってるはずなのに、何だかうまくいかないことが多いんだ。 「この間遅刻したのは、お供え用の稲荷寿司を母さんと作ってたからだし……。今回は、仕方がなかったんだよー」  俺の声が聞こえているのかいないのか、鳥居の下の階段を一歩も上がれはしなかった。足を出そうにも、まるで見えない壁があるかのように、ばんと弾き返されるのだ。これは明らかに拒否されている。いつもならすぐに迎えに来る御使い狐たちも、全く姿を見せない。  腕の中に抱えた温もりが、きゅーん、と小さな鳴き声を上げた。  今朝、神社に向かう途中で声が聞こえたんだ。 (なんだろう。何か、鳴いてる?)  慌てて周りを見回しても何も見えない。真剣に耳に意識を集中する。  ……きゅん。きゅーんん。  助けを求めている声だ。もう力がなくなって、大きな声を出せずにいる。 (急がないと……)  近くの草むらを分け入っていくと、真っ白な子犬がくったりと横たわっているのが見えた。  俺にはちょっとした特技がある。動物や、人ではない者たちの声が聞こえるのだ。うちはどうも、昔から少し変わった力を持つ者が生まれる家系らしい。  見える者や、聞こえる者、触れられる者。  代々神社の巫女を務めた家で、今でも、この地区の中ではちょっと特別な家の扱いだ。  俺は子犬のすぐそばでしゃがみこみ、そっと抱き上げた。子犬の体がピクリと震える。 (よかった、まだ温かい)
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